MaRI,瀧社長

医師免許を持ちながら工学系のエンジニアとしてキャリアを重ね、「睡眠時無呼吸症候群」(SAS、Sleep Apnea Syndrome)の課題解決のために株式会社MaRI(マリ)を起業した瀧宏文社長。

SASは自覚症状が乏しく、診断や治療に大きな負担が伴うため、同社はミリ波レーダーを活用した「完全に非接触」でのモニタリング技術を開発している。

「Sleep Freely」という理念を掲げ、睡眠時の負担をなくし、さらには取得した長期データを活用して未病の段階から疾患を予測する未来を描く。研究者でありながら経営者でもあり、京都の地で医工連携を推進しながら社会実装に挑む瀧氏に、事業の現状からリーダーシップ、そして今後の展望までを聞いた。

瀧 宏文(たき・ひろふみ)──株式会社マリ代表取締役
1975年、大阪府生まれ。京都大学医学部卒業、医師免許取得。工学系のデジタル信号処理分野へ進みエンジニアへ転身。京都大学大学院工学研究科や東北大学で教員を務めた後、スタンフォード大学の「スタンフォード・バイオデザイン」プログラムへの参加を機に起業を決意。睡眠時無呼吸症候群の非接触診断・治療装置の開発を目指し、2017年、株式会社MaRIを創業。現在は京都を拠点に、医療機器の社会実装に向けた研究開発を牽引している。

睡眠時無呼吸症候群の診断・治療における「負担」をなくすために

── 「睡眠時無呼吸症候群」という言葉はここ数年、よく聞くようになりました。御社はどのような課題を解決しようとされているのでしょうか。

 診断装置や治療装置を開発しているのですが、特徴は、その診断や治療を「非接触」で、できる限り患者さんの負担が少ない方法で解決しようとしていることです。

── 現在の治療法は、患者さんにとって大きな負担があるということでしょうか。

 はい。現在の治療方法には素晴らしいものが多いのですが、治療ではマスクをつけなければなりませんし、診断の際にも様々な器具を体に装着し、締め付けが厳しかったりして結構な負担がかかります。

そもそも私がこの課題に取り組もうと思ったのは、約9年前で、当時、スタンフォード大学へ6ヵ月ほど研修に行ったのですが、その際にあった睡眠専門のクリニックでの実体験がもとになっています。

やや高齢のご婦人が来院されていて、医師が最初の診断で「なぜここに来たんですか?」とたずねた際、私は「夜眠れない」「日中いつも眠い」「頭が痛い」「作業に集中できない」といった本人の悩みが理由かと思っていたのですが、実際は「夫にいびきがうるさいから病院に行ってくれと言われて来ました」とおっしゃった。それを聞いた専門医の先生は「うちに来る人はだいたいそうですね」という反応でした。

私はそこで、特殊な疾患だなと感じました。ほかの疾患であれば、頭が痛い、胸が痛い、体が動かないなど、ご本人自身が困って病院に来ますが、この病気はご本人自身はあまり困っていないことが多い。いびきがうるさいという事実があっても、自分では気づいていなかったり、知らないままだったりします。自覚症状が非常に乏しい疾患なわけです。 ただ放置していると、高血圧や脳卒中、心筋梗塞といった生活習慣病の発症率が高くなるので、治療はどうしても必要です。

自覚症状の乏しい病気を診断したり治療したりするためには、できる限り患者さんの負担を軽くしないと、検査をやってもらえませんし、治療を継続してもらえないだろうと。そこで当社としては、それを「非接触」、もしくはできる限り負担の少ないソリューションとして提供しようと考えました。

解決策ではなく「ニーズ」から出発したスタンフォードでの経験

── その課題に取り組もうと思ったとき、「非接触でできそうだ」という技術的なイメージや確証はあったのでしょうか? それとも、できるかどうかはともかく、やらなければという思いが先行したのでしょうか。

 まさに私が参加したスタンフォード大学のプログラム「スタンフォード・バイオデザイン」は「ニーズから始める」というコンセプトのプログラムで、ソリューション(解決策)は後で考えましょう、というアプローチをとるんです。 ですから、ソリューションがない状態で飛び込んだというのが正直なところです。

── ソリューションがない状態から、どのように研究を始め、形にしていったのでしょうか。

 なぜこの疾患が起こるのか、どこが問題なのかという根本的なところから掘り下げました。

よくあるアプローチは「いびきがうるさいのであれば、いびきの音で見つけよう」というもので、それ自体は正しい方向性なのですが、実はいびきをかいている状態というのは「無呼吸」ではないんです。いびきが聞こえるということは、息ができている証拠です。

無呼吸になると、息をしていないので非常に静かです。こうなると、実は音の解析だけでは無呼吸をそのまま検出することはできません。

そこで無呼吸を正確に測るためには、胸の動きを測るのが効果的です。実際に現在の医療機器では、胸にベルトを巻きつけて、その伸び縮みで呼吸を測っています。

それを完全に非接触にする方法を考えて、「ミリ波レーダー」に行き着きました。レーダーであれば距離を正確に測ることができますから、それを使って胸の動きをとらえるわけです。

MaRI,ミリ波レーダー
ミリ波レーダ技術を活用した非接触型の胸腹呼吸モニタ(写真提供=マリ)

ミリ波レーダーによる非接触センシングと、京大との医工連携

── ミリ波レーダーを使えばできそうだとなったとして、アイデアだけでは乗り越えられない壁があったのでは。

 ええ。人間から得られる信号というのは非常にノイジーなので、そのノイズだらけの信号をいかにきれいにして、胸の動きだけを正確に抽出するかが大きな技術的課題でした。

この点については、京都大学工学研究科の阪本卓也先生との共同研究によって、不要な信号を除去するアルゴリズムを実装し、実現できました。

さらに、京都大学医学研究科の呼吸器内科の平井豊博先生や佐藤晋先生にもご支援いただき、実際に病院に入院されている患者さんのデータを臨床研究として取らせていただきました。開発した技術が本当に医療機器レベルで無呼吸を検出できているかどうかを検証していくプロセスです。

結構な時間がかかりましたが、逆にその徹底した検証があるからこそ「医療機器グレードで正確にデータが取れます」と自信を持って言えますし、現在当社が医療機器の承認を取りに行ける段階まで来ているのだと思います。

── なるほど。医学部との連携もあり、工学部との連携もあるという、まさに領域横断的な取り組みなのですね。

 まさに医工連携です。私は医学部出身で一応医師免許は取ったのですが、その後すぐに工学系のデジタル信号処理の分野に入りましたので、私自身は完全にエンジニアなんです。

社名「マリ(MaRI)」に込められた思い 社会実装への強い覚悟とリーダーシップ

── 御社の社名「マリ(MaRI)」というのは、睡眠時無呼吸症候群とどう関係があるのでしょうか?

 はい。「マリ」という社名は「Marital Relationship Improvement」の頭文字を取ったものです。日本語にすると「結婚生活の関係改善」という意味をうたっております。

── 奥様が旦那様のいびきを気にしてクリニックに連れてきたというエピソードにつながるのですね。

 そうなんです。この睡眠時無呼吸症候群という疾患は、ご本人の健康問題だけでなく、家族間の関係、特に夫婦関係を悪化させてしまうことも非常に多いんです。

ですから、患者さんご本人にもご家族にも負担の少ない形でこの課題を解決できれば素晴らしいだろうという思いを込めました。特にアメリカの方々にもすぐに意味を理解してもらえる名前にしたかったということもあります。

── 御社の社員構成について、研究者が何割、営業が何割など、構成比を教えていただけますか。

 営業専任の人間は「ゼロ割」です。営業的な活動は、私やCFOの山崎(武恆氏)など数名が兼任で、経理なども合わせて行っている状況です。営業だけをしている社員というのはいません。

マリ,社員
(写真提供=マリ)

本格的な営業や販売については、専門の外部企業にご支援いただきながら進めています。現在は、豊田通商グループの半導体商社・ネクスティ エレクトロニクス様にご支援いただいております。昨年の11月に正式に契約を結び、すでに輸出が始まっています。

実は当社のミリ波レーダーで呼吸や心拍を測定するソフトウェアが、豊田通商様を介して韓国の企業様に納入されました。現地のベッドメーカー様がその技術を使って「AIベッド」を開発しています。

ちょうど今年のCES(アメリカで開催される世界最大級のテクノロジー見本市)にそのベッドが出展され、「イノベーションアワード」を受賞したんです。これは私たちにとっても喜ばしい成果でした。

── それはすごいですね。組織をまとめる上で、リーダーとして心がけていることや、参考にしていることはありますか?

 社員がモチベーションを高く維持できるように努力しています。研究者は「面白い研究」にはすごくやる気を出してくれます。そして何より、自分たちの研究が社会に実装され、人々に使ってもらえるとなると、それは研究者にとって非常に嬉しいことです。そこはビジョンを共有しやすく、進めやすい部分だと思っています。

一方で、「面白い」だけではビジネスにならないので、社会的なニーズをとらえ、市場性のある領域を探し、ビジネスモデルを構築していく。それは私や山崎の役割だと認識し、しっかりと責任を持って取り組んでいます。

大学の集積と手厚い支援。京都でスタートアップを育てる意義

── 京都大学の医学研究科や工学研究科と深く連携されていますが、京都でビジネスを展開することの良さや意義について教えてください。

 京都は、世界的にも非常に珍しいほど、有力な大学が集積している都市です。学生の数が多く、京都大学をはじめとする各大学の研究レベルも世界トップクラスです。独創的で優れた研究成果がたくさん生まれています。

そうした研究成果を社会実装するという点において非常に恵まれた環境です。共同研究も進めやすいですし、新しい技術の社会実装に対して柔軟に対話してくださる先生方が多いのは大きな強みです。

MaRI,社員
(写真提供=マリ)

また、京都市のスタートアップに対する支援が、他の都市と比べて非常に充実していることも間違いありません。創業当初、教員をしていた東北大学のある仙台で事業を始めたのですが、その後京都に戻りました。京都産業21(中小企業の経営課題の解決をサポートする公的支援機関)などからのきめ細やかなサポートや助成事業には、創業の本当に初期の段階から大変お世話になっており、非常に大きな力となっています。

── 学生時代から京都にいらっしゃったネットワークも大きいのでしょうか。

 そうですね。私は大阪出身ですが、大学からずっと京都にいるので、同級生が多いというのは大きいです。共同研究をしている阪本先生も、実は大学院の博士課程からの同期ですし、医学部にも、呼吸器内科に同級生がいるので、彼らに相談しながら共同研究できます。

5年以内にはスマホで健康情報のモニタリングも。データビジネスへの展開

── 短期と中長期の計画・ビジョンについて教えてください。

 直近の目標は、睡眠評価を行うための医療機器の薬事承認を、今年中に取ることです。今まで胸にベルトを巻いたり鼻にチューブをつけたりしていた睡眠評価を、完全に非接触で無呼吸の検出ができるようにし、専門医の先生が診断に使えるようにする装置です。

ようやく医療現場に届けられるものができそうだという段階に来ていますので、まずはここをしっかりと頑張って進めます。薬事の承認を取ったら、その後、保険収載(保険診療の対象として認められること)のプロセスは必須だと思います。 足元の3年は、睡眠時無呼吸症候群の診断装置や治療装置をきっちりと作り上げ、世に出すことが一番重要です。

その先を見据えると、私たちが開発したミリ波レーダーという「非接触で医療機器グレードの呼吸や心拍関連のデータが取れる技術」を使って、家庭での日常的なモニタリングを実現したいと考えています。

ビデオカメラと違って、ミリ波レーダーはプライバシーの問題が起きにくいというメリットがあります。それにもかかわらず、呼吸の動態や心拍を精緻に取得できる。この技術を応用すれば、睡眠時無呼吸症候群だけでなく、脳卒中、心筋梗塞、不整脈といった関連疾患の予測も可能になります。

さらに、赤ちゃん向けの乳幼児突然死症候群を防止するための見守りにも使えます。呼吸が止まっていないかを見る技術ですから、ミリ波レーダーを使ったセンシングというコア技術をベースに、アプリケーションとしては様々な領域へ広げていけると考えています。将来的には、これらの長期データを活用した「データビジネス」を展開していきたいです。

── 長期のデータが取れると、具体的にどのようなことが可能になるのでしょうか。

 最終的な診断には医療データも必要ですが、レーダーによる長期データが蓄積されれば、「このままだとこういう疾患になりそう」という予測が立てられるようになります。最初のレーダーデータだけで大まかな傾向を把握し、「今ならこういう治療法が選べますよ」と提案できるようになるんです。

早期診断や早期治療にとどまらず、「未病」の段階にまで手が届くようになる。生成AIなどの技術を使えば、データをもとにしたスクリーニングの方法も早期に作ることが可能になりますので、当社としてはその元となるデータをしっかりと作っていきたいと考えています。

── 自宅でのモニタリングは具体的にどのような形になるのでしょうか。

 現在開発している機器は、ベッドの横のサイドテーブルなどに置くタイプですが、近い将来、おそらく5年以内くらいには、ミリ波レーダーがスマートフォンに標準搭載される時代が来ると思っています。

実は過去にも、GoogleのPixel 4にミリ波レーダーが搭載されたことがありました。当時はジェスチャー認識程度の用途で終わってしまいましたが、もしスマホで呼吸状態や心拍が取れるようになれば、状況は一変します。

就寝時、ベッドの枕元にスマホを置いて充電しておくだけで、勝手に見守りをしてくれる。一晩中、息が止まっていないか、不整脈が起きていないかをモニタリングし、異常があれば「こういう運動療法が効果的ですよ」「医療機関で診断を受けた方がいいですよ」とアドバイスしてくれる。

さらに医療機関と連携して、日々の変化をとらえ、心不全の患者さんの病態悪化を早期に察知するといった使い方が当たり前になっていくでしょう。それが世の中に広まれば、本当に素晴らしいことだと考えています。

── スマートウォッチやスマートリングなどを身につける必要すらなくなると。

 そうです。どうしても何かを身につけて寝るとなると、やはり毎日続けるのは結構大変ですし、使う人はものすごく減ってしまいます。充電するだけでいいとなれば、特別な機器を買う必要もなく、スマホに入っていれば多くの人が自然に利用できるようになります。

「Sleep Freely」が目指す、誰もが安心して眠れる社会

── 御社は「Sleep Freely」(スリープフリーリー)という理念を掲げていますね。

 はい。睡眠時無呼吸症候群にフォーカスしたところから始まりました。現在の治療法ももちろん素晴らしいものであり、しっかりと機能していますが、やはり患者さんへの負担が大きいケースも多々あります。 負担の大きさから、途中で治療をやめてしまう方もいらっしゃいます。そうした方々も含めて、負担のない治療ができないかという思いから、この言葉を掲げました。

さらにプロジェクトが進む中で、寝ている時に何も負担なく、ただ安心して眠ってもらうこと。そして、その睡眠中に病気の前兆や症状が出る前の未病の状態まで察知できるようになれば、もう一歩進んだ医療が実現できる。私たちが目指すべき目標として、この「Sleep Freely」という言葉がぴったりだと考えています。

創業したころは、睡眠や睡眠時無呼吸症候群は注目されていませんでしたが、最近では、CPAPなどのマスクで治療する方法がテレビで取り上げられることも増え、睡眠が生活のQOL(Quality of Life)を上げるための非常に重要なファクターであるという認識が広まりつつあります。

睡眠時無呼吸症候群は自覚症状がないため、これまで取り残されてきた領域でもあります。独居の方などは特に気づきにくい。そこに当社として貢献できることがあれば、本当に素晴らしいことだと思っています。

── スポーツの世界でも、睡眠やコンディショニングへの関心は非常に高いです。アスリート向けの展開などは考えられていますか。

 はい、まさにその方向への展開も模索し始めています。スポーツ医学が盛んな立命館大学の先生方と連携し、データ取得に向けた取り組みを進めているところです。 アスリートの方々は、機能解剖学的な観点やアジリティの計測など、様々なデータ計測を日常的に行っていますが、やはり睡眠時は「何も身につけたくない」というニーズが強いんです。そこを非接触で計測できるようになれば、従来とは違った画期的なデータが取れる可能性がありますし、新しいスタンダードになっていく可能性を非常に強く感じています。

── 研究者や医師が起業し、ビジネスを通じて社会課題を解決するケースが増えればいいと感じますが、その先輩として、若手の研究者にアドバイスするとしたら、どんな言葉をかけますか。

 研究自体を楽しんで取り組んでいる研究者はたくさんいますが、その研究成果を「社会実装」し、実際に様々な人に使ってもらえることは、非常に大きな喜びとなり、目指すべき一つの大きな目標になると思います。

ですから、恐れずに挑戦してみてほしいです。最近はスタートアップを支援する環境が整ってきています。京都などは特にそうですし、ビジネス面をサポートしてくれるCXO人材の募集など、様々な枠組みがあります。

一人でやろうとせずとも、そういった支援機関や専門家に気軽に相談に行ってみることから始めて欲しいですね。