1938年に京都で創業し、精密金型やFA(ファクトリーオートメーション)装置の設計・製作を手がける株式会社山岡製作所。スマートフォンや自動車、次世代電池、医療機器など、現代社会に欠かせない最先端製品の根幹を「BtoBtoB」の領域で支え続けている。
特筆すべきは、プラスマイナス数千分の一ミリという超精密加工を、一部の熟練職人の腕に依存するのではなく、組織全体で築き上げた盤石な仕組みと、「山岡技能経営」と呼ばれる独自の人材教育体制で実現している点だ。独自の人材育成術により、熟練の技術が求められる超精密部品を安定して世に送り出している。
そんな同社を率いるのが4代目の山岡靖尚・代表取締役社長だ。京都の地で先代から受け継いだ強固な組織基盤を武器に、2038年の創業100周年に向けて積極的な設備投資に取り組む山岡社長の、「変化をいとわない」リーダーシップの真髄とは。
BtoBtoBの「ど真ん中」で求められる超精密の技術
── 現在の主力の事業や伸びている分野について教えてください。
山岡氏(以下、敬称略) 主力の事業は、大きく分けて「金型」「FA(ファクトリーオートメーション)装置」「量産」の3つの部門です。その中で現在特に伸びていると感じているのは、装置部門です。世の中の労働力不足や、ロボットなどによる生産の自動化という流れの中で、我々はFA装置の設計・製作を行っていますので、そういった自動化の波に乗って売上を伸ばしている状況です。
金型部門のほうは売上規模として大きく伸びているわけではありませんが、手がけている中身が非常に高付加価値なものにシフトしています。
BEV自動車関連や、次世代電池、そして医療関係の金型などのご依頼が増加しており、時代のトレンドにあわせたアイテムがかなり増えてきました。これまでは電子部品や半導体中心だったところから、分野的にも分散してきており、将来的にも非常に面白い状況を迎えていると考えています。
── 医療系のお仕事が増えてきているとのことですが、事業のポートフォリオを分散させる意味でも重要なトピックですね。
山岡 おっしゃるとおりです。
量産製造部のほうでも医療系のアイテムがかなり増えています。特徴は、地政学的なリスクがあっても、医療製品というのは需要の波が非常に少ないことです。企業のディフェンスという点でも、そういった景気変動に左右されにくいアイテムが増えているのは、会社にとって良いことととらえています。
現状、原油やナフサの価格高騰に対する懸念もありますし、米中の貿易摩擦などの影響も気になります。力の及ばない外部環境を心配しても仕方ない部分はあるのですが、そうしたマクロ要因を度外視して考えても、社内の事業構成には前向きな手ごたえを感じています。
── 競合他社と比較して、社長ご自身が自己分析されている「山岡製作所の強み」はどのあたりにあるとお考えでしょうか。
山岡 我々が手がけている製造業は非常にマニアックな世界でして、BtoBの中でも「BtoBtoB」のど真ん中と言える立ち位置にいます。
電子部品や車の部品に関しても、非常に超精密な製品をターゲットにしたアイテムを展開しています。たとえば、大手電子部品メーカーが携帯電話会社やアセンブリメーカーに製品を供給していますが、そうした会社が製品を作るために必要となる金型や装置を我々が提供しているのです。
その際、我々に要求される部品の精度は、プラスマイナス1/1000ミリ(1ミクロン)といったレベルが当たり前で、最近多いのはプラスマイナス5/10000ミリ(0.5ミクロン)、あるいはそれ以上の精度で製品を仕上げなければなりません。
現状、最新鋭の機械を駆使しても、複数の工程が求められる製品において完全自動で実現できる精度の限界は3ミクロンから5ミクロン程度だと言われています。そこに、私たち人間の「技」を加えることで、1ミクロン、あるいは0.5ミクロンといった超高精度を実現していく。これが我々の強みです。
── 超高精度の機械でも到達できない精度を、人の技で補って実現されているのですね。それは特定の熟練職人の方がいらっしゃるから可能なのでしょうか。
山岡 実はそこがポイントなんです。一般には、「Aさんがいるからできる」「Aさん、Bさん、Cさんがいるから実現できる」という、属人的な話になりがちです。
しかし、我々の加工現場には現在100人弱の社員がいまして、会社としての「仕組み」の中でそういった超高精度なものづくりができる体制を整えています。
実際、加工現場では一品一様の高精度部品を大量に生産し続けています。特定の人に限らず、組織の仕組みの中で実現し保証することが、競争力につながっていると思っています。信頼や安心感から大手のお客様から指名でお仕事が入ってくるようになっています。
── 装置部門についても強みがあるのでしょうか。
山岡 はい。我々は装置部門も抱えているという点が大きなアドバンテージです。
金型というのは、同じ形状のものを大量に作るための道具に過ぎません。金型単体では何もできず、金型で素材に形を加え、それを動かすための「プレス・成型機」という動力が必ず必要になります。我々はそういったプレス機を社内で作っていたり、できた製品をロボットで取り出して組み立てたり、検査をしたりといった装置部門も抱えています。
お客様から「こういう製品を作りたい」というご要望があった際に、生産システムとしてオールインワンでご提案ができるというところも我々の1つの強みです。
日本国内には金型メーカーもたくさんありますし、FA装置メーカーもたくさんあります。しかし、金型と装置のどちらも高レベルで抱えている会社となると、日本でもかなり減ってきます。この「金型と装置の合わせ技」というところも、我々の競争力かなと思っています。
求めるのは「成長意欲」文系出身者も1年かけて育てる
── 属人的なところを排して仕組みでできているのは、なぜなのでしょうか。
山岡 それは「教育」に力を入れているというところに尽きます。僕自身の考え方として、「山岡製作所の製品は何ですか」と聞かれたときには、いつも「技術力」とお答えしています。電子部品メーカーなら電子部品が製品ですし、自動車メーカーなら自動車が製品ですが、我々の場合は、そういう製品を作るために求められる技術が製品だと考えています。
高精度の金型を作るにしても人の技が必ず要ります。こういう技術というのは会社の看板には宿らなくて、社員一人ひとりに宿っていきます。ですから、その社員一人ひとりをいかに成長させるか、高次元の仕事をこなしてもらうかに本当に特化し、「山岡技能経営」と呼ぶ独自の人材育成の仕組みのもとで、集中して投資をしたり、教育計画を回したりしています。
── BtoB企業は人材を集めるのが大変という中で、どうやって魅力的な人材を獲得しているのでしょうか。
山岡 採用は我々も苦労しています。以前と比べるとエントリーシートの集まりも悪くなっています。
ただ、5年単位で「採用プロジェクトチーム」を発足させてチームのメンバーが積極的に活動してくれて、毎年5人から10人程度の採用が継続できています。中途採用なども積極的に採っていますので、一朝一夕ではないですが、決まった人数というよりも本当に活躍していただける方に入ってもらうことに注力しています。
── 新入社員には工学部など理系の方が多いのでしょうか。
山岡 理系と文系は大体半々ですね。最初からズバリの能力を持った方に入っていただくことは難しいので、入ってから教育を受けて成長してもらいたい。ですので、採用の際は、これから何を学びたいかとか、どんな人生を生きたいかとか、そういう考えを大切にしています。
1年間かけて教育するのですが、予備知識がない方が専門性が求められる職場を希望される場合は社内の専門スクールに1年入ってもらいます。まず電気回路やプログラミングを学んだり、いろんな小さなテスト機や実験機があるので慣れてもらって、2年目から実践デビューです。文系出身の女性が、プログラマーでロボットをバリバリ動かしたり、FA装置の制御をやっていたりもします。
トップとしての哲学と、未来の京都を見据えて
── 社長が「会社を継ぐ」ことを意識したのはいつごろ、どういうきっかけですか。
山岡 幼いころからの刷り込みですね。小学生のころ、将来の夢で「山岡製作所の社長」って書くくらいでした。幼少期から祖母やおじ含め、家族・親族から“なんとなくの圧”を感じ続けてきました。
── それを前提とした進路選びをされてきたと。
山岡 そうですね。ただ理系ではなく文系で営業畑でして、就職でも商社に行ったのですが、当社と親和性のある機械系の商社を選びましたから。
── 日頃リーダーとして心掛けていること、意識していることは何ですか。
山岡 会社の競争力を上げること、社員が幸せを感じられる会社にすることを大切にしています。絶えず変化し続けること、挑戦と変化ということを常に掲げています。同じ場所にとどまることは衰退だと思っていますし、製造業も、成長鈍化する市場の中で一層の競争力が求められています。
── 人口減少や高齢化が進む中で、外国人材の活用についてはどのようにお考えでしょうか。
山岡 今のところ売り上げの95%は国内完結ですので、販売の観点では国内を見ています。ただ製造・生産というところを見ると、タイにも子会社がありますし、韓国にも出資している会社があるので、コストと納期に関しては海外をからめてものづくりをしていきます。
社員ではベトナム出身者が数名いますし、派遣などの外部作業者としては30名程度います。ミャンマーや中国の方もいます。9月にはインドネシアから技能実習生を10人ほど迎えます。
人材難の昨今、特に郊外にある工場においては、そういう海外の方の力を借りないとものづくりがしにくい状況になっています。採用方法によっては、数年間働いた後に、そのまま日本に残れる仕組みもあるので、いい方には社員になってもらう取り組みもしています。
── 京都という土地でビジネスをすることについて、思い入れやアイデンティティを感じていらっしゃいますか。
山岡 私も生まれも育ちも京都ですし、親族一同も京都で生まれ育っていますので、思い入れは当然あります。
この山岡製作所も、もともとは左京区の平安神宮のすぐ近くで創業しました。やはり京都の大手製造メーカーに鍛えてもらった、育てていただいたというところもあります。そういう意味で、京都の地を中心に今後も事業を考えていきたいと思っています。
来年からは、本社工場を建て替えるとともに、新しく本社を建設する計画です。単なる建て替えではなく、会社の「ブランディング」につながるような本社を目指しています。その他の工場も順次建て替えを、この5年以内に進めていきます。
12年後の「創業100周年」に向けたハードとソフトの革新
── 先代の社長をはじめ、先輩経営者から学んだことについても教えてください。
山岡 先代社長を本当に尊敬しています。社内を強くしてくれた今の教育の中心のあり方、社内の仕組み、職能制度や人事評価……そんなところを私の父が、磨き上げてくれました。
私の仕事は、そういう社内の仕組みを利益や競争力につなげ、次のビジネス基盤や製品を生み出していくことだと思っています。
── 10年後、20年後といった将来に向けての展望はいかがでしょうか。
山岡 創業が1938年なので、12年後が100周年です。私自身も今48歳なので、12年後ちょうど還暦になるということもあり、この100周年というところを目掛けてやっている部分はあります。
たとえば今、売り上げが50億ちょっとですが、100周年のときには100億にしたいとか、利益率を10%にしたいとか、そういう数字目標はあります。
ただ、それは外側・結果の話で、本質は中身です。どこにも負けない技術力を持っていること、社員が幸せを感じてくれている環境、みんなが生き生きと仕事をしていること。そして技の伝承も進んでいる。そういった内面の充実こそが一番大切だと思っています。
分かりやすく目標として、「100億、利益10億」を掲げていて、それを目指しながらも、中身の強化を図っていきます。新築や工場の建て替えは大きな投資となりますが、その投資を魅力と競争力につなげて、ハード・ソフトともにもっといい状態にして、このバトンを次の世代に渡したいという一心です。
── 起業や企業経営、ビジネスで頑張っている若者が、成功するために大切にすべきことは何だと思われますか。
山岡 「覚悟と変化」ということでしょうか。今やっている事業が良くても、10年後も良い状態であるわけではないので、どうなっても対応できるよう、覚悟を持って事業構成を変化させ続けることが大切だと思います。
当社でも一時期、携帯電話の液晶部品を作っていましたが、ディスプレイの進化によってその部品は使われていません。さらに昔で言えば、フロッピーディスクの磁気フィルムを抜く金型がありましたが、フィルムをきれいに打ち抜ける技術が評価されて、世界シェアの大半を占めていました。それもフロッピーが使われなくなるのとともに、その売り上げもなくなりました。
しかし我々が売っているのは、液晶部品やフロッピーといった特定の「製品」ではなく、その時代に求められる製品を作るための「超精密の技術」なんです。本質的な技術力さえあれば、たとえ時代が変わっても、また違う分野へと展開できます。
過去の栄光にしがみつくのではなく、自分たちの技術を次々と新しい市場にぶつけていく。何があっても耐えられる、変化できる状態を作っておくことが、経営者にとっても、一人のビジネスパーソンにとっても、大事なことなのではないでしょうか。