ウェルビーイング経営とは?健康経営との違いやメリット・導入ステップを解説
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オフィスの環境を整え、福利厚生を充実させているはずなのに、なぜか社内の覇気がいまひとつ伝わってこない。日々の業務に追われる社員たちの表情にかすかな陰りを感じ、このままで組織が持続していくのだろうかと、静かな危機感を覚える瞬間がある──。

この目に見えない停滞を根本から解決するアプローチとして、今注目されているのがウェルビーイング経営、すなわち従業員の身体的・精神的・社会的な良好な状態を維持・向上させることを経営課題ととらえ、戦略的に取り組む経営手法である。

単なる「従業員への優しさ」や福利厚生の延長と誤解されがちだが、その本質は、人材が持つ本来のパフォーマンスを根底から引き出すためのきわめて合理的な投資にほかならない。働く人間の内面や横のつながりが満たされて初めて、組織に持続的なエネルギーが湧き出てくる。

本記事では、経営層やエグゼクティブに向けて、ウェルビーイング経営の本来の目的や健康経営との明確な違いを紐解くとともに、社員の幸福と企業の成長を両立させるための具体的な実践ステップの全容を明らかにする。

この記事の要点:

  • ウェルビーイング経営は従業員の心身と社会的な充足度を高め、組織の生産性を最大化する手法
  • 健康経営が疾患の予防という「マイナスをゼロにする」取り組みであるのに対し、ウェルビーイング経営は「ゼロをプラスにする」広義の戦略
  • 持続可能な組織を構築するためには、経営トップの強いコミットメントと、データに基づいた継続的な施策の改善が不可欠

ウェルビーイング経営とは?注目される背景と定義

ウェルビーイング経営の定義と本質

ウェルビーイング経営の基盤となる「ウェルビーイング」という概念は、1948年に世界保健機関(WHO)が設立された際の憲章において提唱された。それは、単に病気ではないということにとどまらず、身体的、精神的、そして社会的にすべてが満たされた良好な状態にあることを意味する。

ビジネスにおけるウェルビーイング経営とは、この良好な状態を従業員が維持し、向上できるよう、企業が戦略的な投資をおこなうことだ。単なる福利厚生の延長ではなく、従業員の幸福と企業の業績向上を両立させるためのマチュアな経営戦略としての本質を持っている。

なぜ今、企業にウェルビーイングが求められるのか

現代のビジネス環境において、この経営手法が急速に注目を集めている背景には、いくつかの構造的な要因がある。

第一に、深刻化する労働人口の減少だ。優秀な人材の確保と定着(リテンション)は、すべての企業にとって死活問題であり、働きやすさと働きがいの双方を提供する組織でなければ選ばれなくなっている。

第二に、価値観の多様化や人的資本経営へのシフトである。従業員を「コスト(費用)」ではなく、価値を生み出す「資本」ととらえ、その価値を最大限に引き出すための投資が、投資家や市場からも厳しく評価される時代になった。経営者は、目先の利益を追うだけでなく、中長期的な企業価値を高めるために、従業員のエンゲージメントを高める環境を整えなければならない。

「ウェルビーイング経営」と「健康経営」の違い

目的と対象領域の決定的な違い

ウェルビーイング経営と並んでよく耳にする言葉に「健康経営」があるが、この2つには目的とアプローチの領域において決定的な違いが存在する。

健康経営は、主に「マイナスをゼロにする」ことを目指す。従業員の健康管理や過重労働の防止、メンタルヘルス不調の予防など、身体的な病気や不調を防ぐことが中核となる。

これに対し、ウェルビーイング経営は「ゼロをプラスにする」アプローチだ。心身の健康が担保されたうえで、一人ひとりが働きがいを感じ、良好な人間関係の中で生き生きと能力を発揮できる状態を目指す。具体的な違いについて、以下の比較表で整理する。

比較項目健康経営ウェルビーイング経営
主たる目的病気や不調の予防(マイナスをゼロに)幸福度や働きがいの向上(ゼロをプラスに)
対象領域身体的健康、メンタルヘルス対策身体・精神・社会的な幸福、キャリア、人間関係
主導部署人事労務部門、産業医経営トップ、全社的な特設プロジェクト
効果の指標欠勤率の低下、医療費の抑制エンゲージメント向上、生産性最大化、採用力強化
(編集部作成)

ただし、健康経営が不要になるわけではない

ここで誤解してはならないのは、ウェルビーイング経営が健康経営の上位互換であり、古い健康経営に取って代わるというわけではないということだ。

ただし、基礎的な心身の健康(健康経営)が完全に担保されていない組織において、いくら華やかなウェルビーイング施策を推進したとしても、それは砂上の楼閣になりかねない。過重労働が常態化している職場で、キャリア自律の研修をおこなったり、オフィスのコミュニケーションスペースを充実させたりしても、根本的な解決にはつながらないからだ。

健康経営という強固な土台があってこそ、その上にウェルビーイング経営という豊かな花を咲かせることができる。

ウェルビーイング経営

ウェルビーイング経営が企業にもたらす3つのメリット

離職率の低下と優秀な人材の定着

ウェルビーイング経営へ取り組むことは、企業に対して確実なリターンをもたらす投資となる。その第一のメリットが、離職率の劇的な低下と優秀な人材の定着だ。従業員が自らの職場環境において、身体的にも精神的にも満たされ、周囲との良好な人間関係を築けているとき、他社へ転職しようとする動機は自然と低下する。

特に次世代を担う若手の優秀なビジネスパーソンほど、給与面だけでなく、自らの幸福や成長を支援してくれる組織かどうかを鋭く見極めている。ウェルビーイングを高めることは、強力な人材流出の防波堤となる。

従業員エンゲージメントと生産性の向上

第二のメリットは、従業員のエンゲージメント(会社への愛着や貢献意欲)が高まり、それに伴って日々の生産性が向上することだ。幸福度の高い従業員は、そうでない従業員に比べて労働生産性がきわめて高く、創造性やイノベーションの発揮度合いも大きいという研究結果が報告されている。

心身が満たされている状態のとき、人は自発的に課題を見つけ、解決に向けて前向きな努力をおこなうことができる。義務感で動く組織から、主体性を持って輝く組織へと変革するための原動力がここにある。

企業価値(ESG投資や採用力)の向上

第三に、社外に対する企業価値や採用力の向上が挙げられる。近年、投資家の間では企業の持続可能性を評価する「ESG投資」が主流となっており、その中の「S(社会)」や「G(ガバナンス)」の文脈において、人的資本への投資、すなわちウェルビーイングへの取り組みが重視されている。

また、採用市場においても「従業員を大切にするクリーンな会社」としてのブランドが確立され、より質の高い母集団の形成につながる。企業の社会的信用を高めるうえでも、この経営手法はきわめて有効な戦略なのだ。

ウェルビーイングを構成する要素とアプローチの分類

「身体・精神・社会」の3つの健康アプローチ

経営層がウェルビーイング経営を具現化するにあたり、まずはアプローチの切り口を分類して理解することが重要だ。それは「身体的健康(フィジカル)」「精神的健康(メンタル)」「社会的健康(ソーシャル)」の3つに大別される。

身体的健康は睡眠や食事、運動などの基盤であり、精神的健康はストレスのコントロールや自己肯定感、心の安定を指す。そして社会的健康は、職場や家庭における孤立を防ぎ、良好なつながりや帰属意識を感じられる状態だ。

経営者は、この3つのバランスが崩れていないかを俯瞰し、包括的なアプローチを選択しなければならない。

ビジネスに直結する「5つのウェルビーイング」の領域

さらに実務的なアプローチの分類として、世界的な調査機関であるギャラップ社が提唱する「5つのウェルビーイング」というフレームワークが広く活用されている。

  • キャリア・ウェルビーイング: 日々の仕事に情熱を持ち、自らの時間をどのように使っているかという、人生の幸福度の中心をなす要素。
  • ソーシャル・ウェルビーイング: 職場やプライベートにおいて、信頼し合える深い人間関係を持っているかどうか。
  • フィナンシャル・ウェルビーイング: 経済的に安定し、自らの資産を適切に管理・コントロールできているという安心感。
  • フィジカル・ウェルビーイング: やりたいことをおこなうために十分な活力と、心身の健康を維持できているか。
  • コミュニティ・ウェルビーイング: 自らが居住する地域や、所属する組織などのコミュニティに貢献し、つながりを感じられているか。

経営者は、自社の組織課題がこの5つのうちどこにあるのかを見極め、注力すべきアプローチの領域を戦略的に選定することが求められる。

ウェルビーイング経営を導入・実践する4つのステップ

持続可能なウェルビーイング経営を組織に定着させるためには、一過性のイベントに終わらせず、論理的な順序をたどってプロセスを回していく必要がある。具体的な4つのステップを以下に示す。

  1. 経営トップによるコミットメントと方針の策定: 形だけの取り組みにしないために、経営トップが「何のためにウェルビーイング経営をおこなうのか」という大義名分と方針を社内外に強く宣言する
  2. 従業員の現状把握と課題の洗い出し(サーベイの活用など): 従業員エンゲージメントサーベイやパルスサーベイなどのデジタルツールを活用し、組織の現在地や潜在的な不満、ストレス要因を数値として可視化する
  3. 具体的な施策の実行(制度設計や環境整備): 洗い出された課題に基づき、自社のリソースに合わせて最適な施策(勤務制度の柔軟化や心理的安全性を高めるコミュニケーション機会の創出など)を設計・実行する
  4. 効果測定と継続的な改善(PDCAサイクルの構築): 施策の実行後に再度サーベイをおこない、数値の変化を検証したうえで、ボトルネックとなっている部分の軌道修正を定期的におこなう

企業で実践できるウェルビーイング施策の具体例

多様な働き方の推進(テレワーク、フレックスタイム制など)

組織が取り組むべき具体的な施策の第一歩は、多様な働き方を認める制度の整備だ。テレワークやフレックスタイム制、時間単位での有給休暇の取得などは、従業員がワークライフバランスを適切にコントロールし、フィジカルやキャリアのウェルビーイングを高めるうえできわめて効果的である。

ただし、制度を導入するだけでなく、それらを実際に気兼ねなく利用できる組織文化の醸成がセットでなければならない。

コミュニケーション活性化と心理的安全性の確保

職場の人間関係を良好に保ち、ソーシャルの領域を充実させるためには、心理的安全性を高める施策が欠かせない。

定期的な1on1ミーティングの実施や、部署を超えたシャッフルランチ、感謝の気持ちを伝えるサンクスカードの導入などは、組織内の縦横のつながりを強固にする。

心理的安全性に関する著名な研究(米Google社による社内プロジェクト『プロジェクト・アリストテレス』など)においても、心理的安全性の高いチームほど離職率が低く、他のメンバーが持ち寄る多様なアイデアを有効に活かして高いパフォーマンスを発揮することが実証されている。

他人の目を恐れずに発言や提案ができる環境を整えることこそが、組織の生産性を最大化し、業務上のミスやトラブルの早期発見につなげるための確実なアプローチとなる。

キャリア自律と成長機会 of 提供

最も本質的な施策は、従業員に対して「キャリア自律」を促し、自己成長の機会を提供することだ。社内公募制度や資格取得の支援、定期的なキャリア面談の実施などは、従業員が「自らの意思でキャリアを切り拓いている」という手応えを与え、働きがい(キャリア・ウェルビーイング)を最大化させる。会社から指示された仕事をこなすだけでなく、自らの成長が会社の成長につながるという循環を作ることが、マチュアな組織の理想像である。

よくある質問(FAQ):ウェルビーイング経営について

Q. ウェルビーイング経営の成果を測る指標にはどのようなものがあるか?

A.従業員エンゲージメントスコアや離職率、月間の残業時間、有給休暇取得率などが代表的な指標である。これらを定期的に定量化し、経年変化を追うことで、戦略の有効性を検証することができる。

Q. コストをかけずに始められる施策はあるか?

A.経営トップからの定期的な感謝のメッセージ発信や、週に1回の1on1ミーティング、役職名ではなく「〜さん」と呼び合う文化づくりなどがある。これらは費用をまったくかけずに、組織の心理的安全性を高めることが可能だ。

Q. 効果が表れるまでにどのくらいの期間が必要か?

A.一般的には最低でも1年から3年程度の中長期的スパンが必要だ。組織の文化や従業員の意識を変革する取り組みであるため、短期的な目先の数字だけにとらわれず、腰を据えて継続することが重要となる。

まとめ:ウェルビーイング経営は次世代の企業成長に不可欠な「投資」である

従業員が心身ともに健康であり、社会的にも満たされながら生き生きと働く組織文化は、一朝一夕に築けるものではない。ウェルビーイング経営の本質は、目先の手法や制度を整えることにとどまらず、働く人間一人ひとりの可能性を信じ、その幸福を企業の持続的な成長エネルギーへと変革していく長期的かつ成熟した経営のあり方にこそある。

これからの不確実な時代において、強固な経営基盤を確立するために、リーダーが自らの組織の存在意義を見つめ直し、本質的な人への投資へと舵を切ること。目先のコスト論にとらわれないその決断と継続的な歩みこそが、次世代に選ばれ続ける企業を創り上げるための確実な道標となる。