観光地でふと見かけたヘリコプターに、数千円からアトラクション感覚で乗り込めたら。あるいは、これまで何時間もかけて登っていた雪山へ、わずか5分で到達できたら──。
ヘリコプターのイメージは、お金持ちが乗るか、ドクターヘリのような緊急時に使われるといったもので、「自分には縁遠いもの」と思っている人が多いだろう。
しかし、冒頭に挙げたような使い方を広げ、まるでSF映画のような体験を現実のものとし、「空の移動の民主化」を推し進めているのがSpace Aviation(スペースアビエーション)株式会社だ。
スイスの航空救助隊「レガ」(Rega)をモデルに、「困っている人を助けたい」という純粋な思いから始まった同社の事業。閉鎖的だった航空業界にITやBtoCマーケティングの手法を持ち込み、当日依頼にも応える圧倒的な機動力で新たな市場を開拓し続けている。
異業種からM&Aを経て航空業界へ参入した代表取締役の保田晃宏氏に、直近で計画されている関西国際空港から京都を結ぶ空のルート開発や、次世代モビリティ「空飛ぶクルマ」(eVTOL)時代を見据えた壮大なビジョン、そして社会課題の解決にかける情熱に迫った。
「困っている人を助けたい」という思いから始まった空への挑戦
── 航空業界、特にヘリコプターの事業に参入されたきっかけや、会社の成り立ちについて教えてください。
保田 もともと会社のコンセプトとしてあったのは、「困っている人を助けたい」という非常にシンプルで純粋な思いでした。特にヘリコプターを活用して、困難だった救助活動を実現したいという考えが根底にあります。
モデルにしたのは、スイスにある「レガ」(Rega)という航空救助隊の会社です。彼らは山岳救助などでヘリコプターを駆使し、非常に高度な救助活動を行っています。そうした、ヘリコプターが持つ「点と点で結んで直接アプローチできる」という特性に大きな可能性を感じたのが最初のきっかけですね。
── そこから現在のビジネスモデルである遊覧飛行やチャーター移動へと、どのように展開していったのでしょうか。
保田 ビジネスとして本格的に事業化する中で、現在の移動手段のあり方について改めて考えました。今の世の中は、飛行機や電車、車といった移動手段が非常に合理化されすぎていて、決められた路線やルートしか移動できません。
しかし、空を見上げれば、そこには何の障害物もない道が広がっています。
ヘリコプターという乗り物は、比較的自由に空を飛ぶことができ、行きたい場所へダイレクトに向かうことができる。この高い自由度をビジネスに活かせないかと考えたんです。そこで私たちが掲げたテーマが、「空の移動の民主化」です。イメージとしては、「タケコプター」ではなく、「どこでもドア」です。
ヘリコプターというと、一部の富裕層や特別な目的を持つ人だけが利用する、非常にハードルの高いものというイメージがあったと思います。
しかし私たちは、自分たちのニーズに合った形で、誰もがどこでもドアを呼んで出発できるような、そんな自由な空の移動を提供したいと考えました。そこから、空を積極的に活用していく現在のビジネスへと舵を切っていったのです。
高い参入障壁を越える機動力と、M&Aによる戦略的アプローチ
── 航空業界、特にヘリコプター事業は、非常に参入障壁が高いイメージがあります。
保田 おっしゃる通り、航空業界への参入障壁は極めて高いです。専門的な知識が不可欠ですし、航空局などの行政機関への許認可手続きも非常に複雑で時間がかかります。一から立ち上げようとすると、途方もない労力とコストが必要になります。
幸いなことに、私たちはご縁があって、すでに整備士が在籍しており、航空会社としての機能を持っている企業をM&Aする形で参入できました。このアプローチを取れたことは、私たちにとって非常に幸運でしたね。
── 他社と比較した際の強みはどのような点にありますか。
保田 私たちの最大の強みは、「日本一機動的な組織である」と自負している点です。
一般的な航空会社やヘリコプターのチャーターサービスでは、1週間以上前に予約をしていただかないと対応できないケースがほとんどです。しかし私たちは、機体やパイロットなどのリソースさえ空いていれば、当日のご依頼でも柔軟に対応できます。
── 当日対応ができるというのは、利用者にとって非常にありがたいですね。
保田 やはり緊急時の対応や、「今すぐ移動したい」「急遽予定が変わった」といった突発的なニーズにお応えできる体制を常に維持していることは、他社にはない私たちの強い競争力になっています。
もちろん、それを実現するためには、人と機体のやり繰りを含め、バックヤードでの多大な努力と調整が必要ですが、そこを妥協せずにやり切る組織文化が根付いています。
── そうした機動力を維持するためには、コスト面での負担も大きいのではないでしょうか。
保田 たしかに、常にスタンバイ状態を維持することはコストがかかります。
しかし、私たちはその機動力を活かして、より多くのお客様にご利用いただき、稼働率を高めることでコストを吸収する仕組みを作っています。他社の数倍の稼働率を実現することで、結果的にお客様に提供する価格もリーズナブルに抑えることができています。良い循環を生み出すことができていると考えています。
「衝動買い」できるヘリ体験。絶景スポットでのウォークイン需要
── 事業を始められてから、当初は想定していなかったようなお客様のニーズや、意外なヘリコプターの使われ方などはありましたか。
保田 それはたくさんありますね。私たちが提供しているサービスの中で特に反響が大きいのが、観光地での遊覧飛行です。
たとえば、北海道の洞爺湖や沖縄、あるいは東京の夜景といった景色が良い場所に、フラットな道の駅やレストハウスのような拠点を構え、そこにヘリコプターを常駐させています。
── 道の駅にヘリコプターがあるのですか?それは驚きです。
保田 そうなんです。目の前にヘリコプターがあって、「今すぐ乗れますよ」とご案内しています。価格も、一番安いプランでお一人様4,000円台から設定しており、売れ筋のプランでもお一人様1万2,000円〜1万3,000円程度で体験できます。
ヘリコプターに乗るというと、事前に綿密に検索して、高額な料金を支払って予約するものというイメージが強かったと思います。
しかし私たちは、その場で衝動的に「乗ってみようか」と思えるような、いわゆる”ウォークイン”でのご利用を促しています。
── その価格で目の前にヘリがあれば、アトラクション感覚で乗りたくなりますね。
保田 おっしゃる通りです。何か特別な記念日や誕生日だから乗るというだけではなく、通りすがりに衝動的に乗っていただける。こうした「衝動買い」のような形でヘリコプターを利用していただけるというのは、私たちにとっても嬉しい発見でしたし、大きな手ごたえを感じています。
冬のシーズンで非常に人気なのが「ヘリスキー」です。私たちの拠点でヘリコプターに乗り、雪山の山頂付近まで直接スキーヤーをお連れします。これまでであれば、何時間もかけて雪山を登らなければならなかった場所へ、たった5分程度で到達できます。
── それはスキーヤーにとって夢のようなサービスですね。
保田 はい。滑る時間を圧倒的に長く確保できますし、手つかずのパウダースノーを楽しめるということで、大ヒット商品になっています。
このように、単にモノや人を運んだり、景色を見るだけでなく、時間という価値を提供したり、新しい体験を創造したりすることに、ヘリコプターの大きな可能性があると感じています。
人材不足と高騰するコスト。整備士は世界的に高給の仕事に
── ここまで順調に事業を拡大されている印象を受けますが、一方で、事業を運営する上での難しさや、航空業界ならではの課題についても教えてください。
保田 業界全体の大きな課題として、やはり「人材不足」、そのなかでも特に「整備士不足」が挙げられます。実は世界的に見ても、パイロットよりも整備士の給料のほうが高いという逆転現象が起きているんです。
── パイロットよりも整備士のほうが高給なのですか。それは意外です。
保田 そうなんです。航空機の安全を守るためには、高度な専門知識と技術を持った整備士が不可欠です。
しかし、英語のマニュアルを読み解き、複雑な整備を行うスキルを持った人材を確保するのは至難の業です。また、整備士を目指す若い世代も減っており、業界全体で深刻な人材不足に陥っています。
── コスト面での課題はいかがでしょうか。
保田 これも非常に頭の痛い問題です。航空機の部品代がとにかく高い。日本ではヘリコプターを自国で製造しておらず、機体も部品もすべてアメリカやヨーロッパからの輸入に頼らざるを得ません。
そのため、昨今の円安の影響やインフレによる価格高騰をダイレクトに受けてしまいます。事業を継続していく上で、こうした外部要因によるコスト増とどう向き合っていくかは、常に悩みの種ですね。
── そうした厳しい環境の中で、近年話題になっているドローンなど、無人機との競合についてはどのようにお考えですか。
保田 ドローン技術の発展は目覚ましいものがありますが、私たちが扱っているヘリコプターの領域をすぐに代替できるものではないと考えています。現在私たちが運用しているヘリコプターは、機体重量が1トン近くあり、複数の乗客を乗せて長距離を飛行できます。
一方、現在のドローンの主流は軽量なものが多く、航続時間も20〜30分程度です。重いものを運び、人を乗せて遠くまで移動するという意味では、まだまだヘリコプターが活躍するフィールドは広いととらえています。 将来的に棲み分けが進むとは思いますが、現状ではそれぞれの強みを活かした活用がされている状況です。
異業種の知見を取り入れたマーケティングと、自律を促すリーダーシップ
── 異業種でのご経験もお持ちとのことですが、そうした知見は現在の経営にどのように活かされていますか。
保田 航空業界というのは、安全が第一であることは言うまでもありませんが、その分、非常に保守的で閉鎖的な側面があります。これまで、BtoC(消費者向け)のマーケティングという概念があまり存在しなかった業界でもあります。
私たちは、自ら市場を開拓し、一般のお客様に観光や移動の手段としてヘリコプターをご利用いただくために、異業種で培ったマーケティングのノウハウを積極的に導入しています。
── 具体的にはどのような取り組みをされているのでしょうか。
保田 たとえば、インターネットやアプリを活用した予約システムの構築などです。
実は、現在私たちをご利用いただくお客様の6割以上が、海外からのインバウンド旅行者です。彼らに向けて、効果的にアプローチするための仕組みづくりに力を入れています。そのため、社内には航空業界出身者だけでなく、アプリの開発者やアパレル業界出身者など、多種多様なバックグラウンドを持つ人材が集まっています。
── 社内の体制づくりやリーダーシップについて、心がけていらっしゃることは何ですか。
保田 ある程度、社員の自主性を尊重しながら任せるようにしています。正直なところ、最初は私自身が全部に口出しをして、細かくチェックしたいタイプだったんです。
でも、少しずつメンバーが育ってきたので、今は現場に任せていく体制へ移行しています。もちろん、まだまだ私が口出ししてしまうこともあるのですが(笑)、任せられる体制が徐々に整ってきました。
── 現場への権限委譲が進んだことで、自身は現在どのような役割に注力されているのでしょうか。
保田 既存の事業を社内のメンバーに任せられるようになってきた分、私自身は現在、新規事業として海外事業の立ち上げに動いています。
具体的には、アメリカの会社をM&Aする計画を進めているところです。現地でも日本と同じような移動や観光の事業を展開する予定ですが、もう一つの大きな目的が「訓練学校(ライセンススクール)」の事業です。
── 訓練学校ですか。それは先ほどお話しされていた、航空業界の人材不足という課題にもつながるのでしょうか。
保田 おっしゃる通りです。パイロットや整備士といった航空人材の育成は、環境や制度の面から見ても、やはりアメリカで行うほうが圧倒的に早いという事情があります。ですので、アメリカの拠点でしっかりと育成した人材を、日本の事業で活躍させる。そんな循環を作るための新規事業として、現在は私が中心となって進めています。
関空-京都が30分。空飛ぶクルマの時代を見据えた路線開発
── 今後の事業展開について、京都での展開も予定されているそうですが、具体的な構想をお聞かせください。
保田 はい。私たちが今、中長期的な視点で最も力を入れているのが、次世代のモビリティである「空飛ぶクルマ(eVTOL)」の時代を見据えたインフラ作りと路線開発です。2025年の大阪・関西万博でも空飛ぶクルマが話題になっていますが、私たちはその先の未来を見据えています。
── 具体的な路線の計画はあるのでしょうか。
保田 直近の大きな目標として、この夏から関西国際空港と京都を結ぶ移動便を本格化させる計画を進めています。7月頃から本格就航する予定です(編集部注:取材は6月以前に行われました)。
── 関空から京都ですか!それは非常に利便性が高そうです。
保田 そうなんです。現在、関空から京都まで陸路で移動すると、電車や車で約1時間半から2時間近くかかります。
しかし、これを空路で結べば、わずか30分以内での移動が可能になります。特にインバウンドの富裕旅行者にとって、移動時間を大幅に短縮できることは非常に大きな価値になります。
── それは画期的ですね。京都を拠点としたさらなる展開も考えておられますか。
保田 はい。京都を一つのハブとして、そこからさらに伊勢志摩や天橋立・伊根などの観光地へ向かうフライトなども構想しています。京都という歴史と文化の中心地から、空のネットワークを広げていく。これにより、今までにはない新しい観光の形や、ビジネスでの効率的な移動手段を提供できると考えています。
── そうした路線の開拓は、将来の空飛ぶクルマの運航に直結していくわけですね。
保田 その通りです。空飛ぶクルマが本格的に普及する5年後、10年後に向けて、まずは現在のヘリコプターを使って、「ここからここへ飛ぶ」という実績とデータを蓄積していくことが不可欠です。離着陸場(ヘリポートなど)の整備や、周辺地域との調整、そして何より「空の移動は安全で便利だ」という社会的受容性を高めていく。今私たちがやっていることは、すべてその未来のインフラ作りのための布石なんです。
地域課題を解決し、空が日常のインフラになる未来へ
── 最後に、この事業を通じて最終的に実現したいこと、社会にどのような価値を提供していきたいかを教えてください。
保田 私たちが目指しているのは、単なるレジャーや観光としての利用にとどまらず、ヘリコプターや次世代のモビリティが「社会のインフラ」として当たり前に機能する未来です。
日本は今後、急激な人口減少と少子高齢化に直面します。特に過疎地や離島などでは、これまで当たり前だった道路や橋といった陸上のインフラを維持することが、財政的にも物理的にも非常に困難になっていきます。
── インフラの老朽化や維持管理は、日本全国の自治体が抱える深刻な課題ですね。
保田 ええ。そうした時代が来たときに、「壊れた道路や橋を何十億円もかけて直すよりも、空を飛んで移動したほうがはるかに安くて合理的だ」という状況が必ずやってきます。
生活物資の輸送や、日常的な移動手段として、空の道が陸の道を代替する。そうした未来の社会課題を解決するための手段として、私たちが構築している空のネットワークが役立つと確信しています。
もちろん、それを実現するためには、技術の進化だけでなく、制度面の整備も必要です。誰もが安心して空の移動を利用できるように、自動車保険のような空のモビリティのための保険制度はすでに存在していますが、今はまだ高額です。これがより手軽な価格帯へと普及することも、私たちが空のネットワークを広げていくうえで重要な要素になると考えています。