ArchiTech

京都大学在学中に、先輩が手がけていた事業を引き継ぐ形で「建築×テクノロジー」の世界に足を踏み入れた伊藤拓也氏が創業したArchiTech株式会社。主力サービスである3Dスキャンを用いたバーチャル内覧サービスを通じ、すでに存在する空間の魅力を引き出し、人々に愛される建築が持続的に生まれ、育まれる社会を目指している。

引き継ぎからのスタートだったが、新規事業をいくつも立ち上げるなど模索を経ながら、自らの経営哲学を確立し、明確なビジョンを掲げるまでに至った。その過程では、どのような葛藤や気づきがあったのか。

同社を率いる代表の伊藤氏に、起業の経緯から現在の事業領域、そして京都という土地への思いや、これからの時代におけるリーダーのあり方について聞いた。

伊藤拓也(いとう・たくや)──ArchiTech株式会社 代表取締役社長
1994年、静岡県生まれ。幼少期をアメリカで過ごし、帰国後の2013年に京都大学工学部建築学科へ入学。2016年、先輩が手がけていた建築の3DモデルやCGイメージの制作事業を引き継ぎ、個人事業主として創業。2017年卒業後、大学院工学研究科へ進学するも、事業に専念するため休学。2018年、株式会社THE PERS(現 ArchiTech株式会社)を設立、建築学生向けサービス「BEAVER」リリース。2020年大学院を中退。2023年5月にバーチャル内覧制作事業を開始。2024年に「BEAVER」を事業売却。2025年にバーチャル内覧事業を「ミセルバ」としてリブランディング。「建築の一生をテクノロジーで彩る」をビジョンに掲げ、建築×テクノロジー領域で事業を展開する。

偶然の「引き継ぎ」から始まった学生起業のリアル

── 起業の経緯から教えてください。学生時代に起業したそうですね。

伊藤 起業のきっかけは、私が京都大学の建築学科に所属していたころにさかのぼります。実は、最初から強い意志を持ってゼロから立ち上げたわけではないんです。

大学の先輩が個人でやっていた事業があって、最初はそれを手伝うという形から入りました。その後、先輩が卒業するタイミングで、事業をそのまま引き継ぐような形でスタートしたというのが実情です。

ArchiTech
学生時代、岐阜県加子母で開催された木造建築に関するプロジェクトに参画した時の伊藤社長(写真提供=ArchiTech)

── ある種の事業承継のような形だったのですね。起業へのハードルは低かったのでしょうか。

伊藤 おっしゃるとおりです。法人化されていたわけでもなく、擬似的な引き継ぎのようなものでした。すでに顧客が少しいて、ビジネスの型がある程度できている状態からスタートできたので、精神的なハードルはきわめて低かったです。

もし完全にゼロから、自分一人でビジネスモデルを考えて初期の顧客を集めてというプロセスを踏む必要があったら、起業していなかったかもしれません。その意味では、環境に恵まれていたと思います。

── その事業を立ち上げた先輩は、その後どうされたのですか。

伊藤 非常に優秀な方で、卒業後は外資系投資銀行に進まれました。私自身は、先輩から引き継いだ事業をベースにしながら、自分なりに「建築×IT」という領域で何ができるかを模索し続けることになりました。

── 最初から現在の事業モデルだったのでしょうか。それとも、徐々に変化していったのですか。

伊藤 当初は、本当にざっくりとした「建築×IT」というくくりの中で、やれることをやっている状態でした。先輩がやっていたことをベースにしながらも、徐々に自分自身のアイデアを加え、新しいサービスを立ち上げては検証する、ということを繰り返していきました。

やっていく中で、自分自身の得意なことや市場として求められていることが少しずつ明確になっていき、今の主力事業へとつながっていったのです。

建築の魅力を最大化する「ミセルバ」と愛される空間の定義

── 現在の主力事業である「ミセルバ」について教えてください。3Dスキャンを用いたバーチャル内覧サービスとのことですが、どのような思いから生まれたのでしょうか。

伊藤 「ミセルバ」は、一言で言えば空間を3Dスキャンして、オンライン上で自由に歩き回れるようなバーチャル内覧を提供するサービスです。この事業の根底には、「人々に愛される建築が持続的に生まれ、育まれる社会を作りたい」という強い思いがあります。

ミセルバ
ミセルバのイメージ(画像提供=ArchiTech)

── 「愛される建築」とは、具体的にどのようなものを指すのでしょうか。

伊藤 建築業界というと、どうしても「新しく建物を建てること」に注目が集まりがちです。もちろんそれも重要なのですが、私は「出来上がった空間が、その後どのように使われ、どのように人々に愛されていくか」というプロセスも同じか、それ以上に重要だと考えています。

さまざまな人がその空間を使い、思い出を蓄積していく。そうやって空間が「育まれる」ことではじめて、愛される建築になるのだと思います。

── 建物は完成して終わりではなく、そこからのプロセスが大事だということですね。

伊藤 はい。世の中には、既に素晴らしい空間や建物がたくさん存在しています。

しかし、その魅力が十分に伝わっていなかったり、距離や時間の制約でアクセスできなかったりすることが多い。そこでテクノロジーの力を使い、すでにある空間の魅力を最大限に引き出し、多くの人に届ける手段として3Dスキャンに着目しました。「ミセルバ」を通じて空間の価値を再定義し、より多くの人に愛されるきっかけを作りたいと考えています。

3Dスキャン
3D撮影風景(写真提供=ArchiTech)
3Dスキャン
3D撮影風景(写真提供=ArchiTech)

── 建築出身だからこそ、空間に対する深い愛情が感じられます。テクノロジーはあくまで手段であり、目的は空間の価値を高めることなのですね。

伊藤 そのとおりです。私たちはテクノロジー企業ですが、テクノロジーそのものを売りたいわけではありません。建築というリアルな空間が持つ力を信じているからこそ、それを補完し拡張するためのツールとしてITを活用しています。

新しいものを次々と作るだけでなく、今あるものの価値を再発見し、未来へとつなげる。それが私たちの使命だと感じています。

2つのプロセスをテクノロジーで支援する

── 御社のウェブサイトを拝見すると、事業領域について非常に興味深い図解がありました。「作るプロセス」と「使うプロセス」の双方を支援するというビジョンですね。

伊藤 はい、まさにそこが私たちの事業の核となる考え方です。

事業領域
事業領域(画像=ArchiTech Webサイトより)

伊藤 建築の世界は、大きく2つのフェーズに分かれます。一つは、企画・設計・施工といった「作るプロセス」。もう一つは、完成した後の維持管理・集客・修繕といった「使うプロセス」です。私たちはこの双方を事業領域ととらえ、テクノロジーの力で価値を生み出そうとしています。

── 具体的には、それぞれどのような支援を行っているのでしょうか。

伊藤 「作るプロセス」においては、ConTech(Construction × Technology)事業として、クリエイティブな業務に割ける時間を最大化するための支援を行っています。煩雑な作業をテクノロジーで効率化し、設計者や施工者が本来の「良い建築を作る」という創造的な仕事に集中できる環境を整えます。

この取り組みの一環として、日建設計・日本設計・三菱地所設計という国内大手設計事務所3社と共同で、中大規模木造建築に特化した設計支援AIツールの開発も進めています。林野庁の補助事業にも採択されています。

一方、「使うプロセス」においては、PropTech(Property × Technology)事業として、「ミセルバ」などのサービスを通じ、竣工した建築の価値や魅力を引き出し、社会に届けるための支援を行っています。

── どちらか一方に特化するのではなく、両方をカバーすることに意味があるのですね。

伊藤 そのとおりです。理念の実現のためには、建築を作るプロセスと使うプロセスの双方が不可欠だと考えています。

どちらかを選択するのではなく、双方を横断的に支援することで、はじめて「人々に愛される建築が生まれ、育まれる社会」を実現できると確信しています。この両輪を回すことが、ArchiTechならではの強みであり、他社にはないアプローチだと自負しています。

ターゲットを見極め、BtoB市場で確固たる価値を生み出す

── バーチャル内覧や3Dスキャンといった技術は、不動産(住宅など)の分野でも少しずつ普及してきている印象があります。御社はどのような市場にフォーカスしているのでしょうか。

伊藤 住宅などのBtoC向けの不動産領域でも、バーチャル内覧は確かに導入が進んでいます。

しかし、私たちはあえてその市場には本格参入していません。なぜなら、その領域はすでに「いかに安く、早く、数をこなすか」という価格競争、いわゆるレッドオーシャンになりつつあるからです。ビジネスとして長期的に成立させ、利益を確保し続けるのは難しいと判断しました。

── なるほど。御社の主戦場はどこなのでしょうか。

伊藤 BtoBの大規模施設ですね。たとえば、巨大な工場やオフィスビル、商業施設、あるいは歴史的な建造物などです。こうした施設は、単純な住宅とは異なり、空間の構造が複雑で、バーチャル化する目的も多岐にわたります。

施設見学の代替であったり、設備管理のためのデータ化であったりと、クライアントの要望に応じたフルカスタマイズが必要になります。

── 手間がかかる分、付加価値が高いということですね。

伊藤 おっしゃるとおりです。私たちは、ただ空間を撮影してオンラインで見られるようにするだけでなく、そこにどのような情報を付加し、どのようなUI/UXで提供すればクライアントの課題解決につながるのかを徹底的に考え抜きます。汎用的なツールでは対応できない、高度な要求に応えることで、確固たる価値を生み出しています。 d

自分とメンバーの「幸せ」を追求する等身大の組織論

── 組織づくりやマネジメントについて、社長自身は、リーダーとしてどのようなことを心がけていますか。

伊藤 私が最も大切にしているのは、「個人の幸せ」です。会社という組織は、結局のところ個人の集まりにすぎません。

ArchiTech
創業初期の事務所の様子(写真提供=ArchiTech)

会社の目標を達成することはもちろん重要ですが、それ以上に、メンバー一人ひとりが仕事を通じて幸せを感じられているかどうかが重要だと思っています。

── 「個人の幸せ」を第一に掲げるのは、素晴らしい視点ですね。具体的にはどのように実践しているのでしょうか。

伊藤 定期的な面談などで、「あなたの人生の、今この瞬間において、この会社にいることが幸せにつながっているか」という問いを投げかけるようにしています。会社のために個人が犠牲になるのではなく、個人の目標や幸せのベクトルと、会社の方向性が重なり合う部分を見つけ出す。それが経営者の役割だと考えています。

── メンバーに対するそうした向き合い方は、過去の経験からきているのですか。

伊藤 はい。実は過去に、他社の事業を手伝ったり、ナンバーツーとして組織に関わったりした経験があります。

そこで、さまざまなタイプのリーダーシップを間近で見ることができました。強力なカリスマ性で組織を引っ張るリーダーもいれば、また違うタイプのリーダーもいました。

その中に、徹底的にメンバーと向き合うことにフォーカスしている経営者の方がいて、その方に強い影響を受ける中で、今の自分の考え方ができていったと感じています。

リーダーシップの転換とメンバーへの向き合い方

── 伊藤社長の目指すリーダー像とはどのようなものですか。

伊藤 何か特別なカリスマ性を発揮するのではなく、とにかく誠実であることです。嘘をつかない、情報を透明にする、そして失敗を責めるのではなく、次にどう活かすかを一緒に考える……。そうした心理的安全性の高い土壌があってはじめて、メンバーは安心して挑戦し、成長することができる。結果として、それが会社の成長にもつながると考えています。

── なぜそこまで個人の幸せにフォーカスされるのでしょうか。

伊藤 単純に、自分自身が自分の人生の目的として、幸せになりたいからなんです。会社として世の中をこうしたい、という思いももちろんありますが、極論を言えば、自分の会社でそういう世の中を作ることができたら、私という人間が幸せになれるからやっている、という部分に帰着します。

ArchiTech
2026年7月の展示会出展時(写真提供=ArchiTech)

私がそうであるように、メンバーにとっても、各々の幸せを追求する場所であってほしい。私が幸せになるために会社をやっているのと同じくらい、彼らにも幸せになる権利があるし、そのための環境を還元したいと思っています。

東京は「キャンプファイヤー」、京都は「静かに燃え続ける炎」

── 東京と京都(関西)のビジネス環境の違いについて、どう感じていますか。

伊藤 私の個人的な感覚ですが、東京のビジネスシーンは「大きなキャンプファイヤー」のようなイメージです。みんなで薪をくべて、一気に燃え上がらせる。非常に華やかでスピード感がありますが、一方で熱狂に流されやすい部分もある気がします。

── 対して、京都はいかがでしょう。

伊藤 京都や関西は、「静かな炎が燃え続けている」イメージです。一過性のブームに飛びつくのではなく、本質的な価値を見極め、じっくりと腰を据えて事業を育てていく。私自身の気質、そしてArchiTechの事業特性には、この静かに燃え続ける環境のほうが合っていると感じています。

── 今後の展望や目指す未来について教えてください。

伊藤 事業としては、「ミセルバ」をはじめとするサービスを通じ、さらに多くの愛される空間を生み出していきたいと考えています。そして、会社としては、誰もが気兼ねなく自分の居場所を持てるような、優しく包容力のある組織であり続けたいです。

伊藤社長
2019年8月、U25 KANSAI PITCH CONTEST出場時(写真提供=ArchiTech)

── 上場なども視野に入れているのでしょうか。

伊藤 上場は、会社を成長させるための手段の一つであり、一つのステップにすぎません。出世や上場そのものが目的ではなく、あくまで「自分と、関わる人々が持続的に幸せになるため」の選択肢の一つです。これからも、社会にとって必要な価値を生み出し続け、長く存続できる企業を目指して、一つひとつの課題に誠実に向き合っていきたいと考えています。

自分が死ぬときに、会社がしっかり続いていて、愛される空間が世の中に残っていくような、そんな未来を思い描いています。