
ユーザーの意図を予測するFAQシステムなど、独自の技術を用いた高いクオリティのSaaSサービス事業で成長を続ける、株式会社Helpfeel。創業者であり代表取締役CEOの洛西 一周氏は、学生時代から京都に住み、「日本で起業するなら京都」と決めていたという。組織を率い、事業を大きく成長させた鍵はどこにあるのか。アメリカでの起業と失敗、「自分がボトルネックにならない」という経営者としての意識、京都に対する思いなどについて、話を聞いた。

洛西 一周(らくさい・いっしゅう)
株式会社Helpfeel 代表取締役 CEO
1982年生。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。「人間味ある」プログラムづくりを掲げて、高校時代に開発した紙copiは億単位のセールスを記録。2007年に前身となるNota, Inc.をシリコンバレーで創業し、グローバル市場でアプリやウェブの開発を手がけ事業を成功させる連続起業家。2020年に株式会社Helpfeel(旧社名 Nota株式会社)を設立し、現在の海外売上比率は30%以上。京都発のグローバル企業を目指す。
2003年度IPA未踏ソフトウェア創造事業スーパークリエータ認定。
■エンタープライズ企業のニーズ変化を捉え、高品質のプロダクトでビジネスチャンスをつかむ
――株式会社Helpfeelの事業内容、サービスの概要について教えてください。
洛西氏(以下、敬称略) 当社はナレッジを届けるプラットフォームを作っている会社で、主に「顧客接点」に着目したSaaSサービスを手がけています。いろいろなプロダクトがありますが、社名にもなっている「Helpfeel(ヘルプフィール)」は、Webサイトやアプリ、社内のヘルプデスクで活用いただけるFAQシステムで、検索語句だけではなく「何がわからないのか」「何を聞きたいのか」というユーザーの意図を予測する独自の技術を用いています。 どのような言葉で質問すれば良いのかユーザーが思いつかない場合でも、少しの言葉を入れ始めるだけで「知りたいことはこれですか」と提案が出てくる仕組みです。質問される側がユーザーに寄り添い、ユーザーは選択肢を選ぶだけで正しい答えにたどり着くことができます。
――1人のスキルや経験に頼りがちになっていたカスタマーサポートなどの領域に活用することで、業務の効率化や経費削減につなげることができるんですね。
洛西 そうですね。また、最近はこのFAQシステムが問い合わせ削減やコスト削減につながるだけではなく、売り上げや利益につながるケースも増えています。検索ワードを分析してマーケティングに活用できるようになったり、FAQ記事がAI検索やGoogle検索などの対象となり、サイトへの流入が増えたり、さまざまな効果が出ています。プロダクトとしていろいろな貢献ができるようになり、多くの企業に導入いただいています。いくつか企業名を挙げると、小売・流通ではヤマト運輸や平和堂、金融ではソニー銀行やアコム、メーカーではキリンビールやワコール、LIXILなどです。

――起業から現在まで、企業としての成長に大きく影響したターニングポイントはあったのでしょうか。
洛西 ターニングポイントはいろいろとあるのですが、やはり大きいのはアメリカから日本に戻り、BtoBに事業をシフトしたことです。
中でも、エンタープライズ企業を対象としてSaaSビジネスを展開したことが大きかったと思います。日本のSaaSは中小企業のバックオフィスなどを対象としたサービスが多いですが、この領域は市場が飽和している上、顧客単価を上げづらい難点があります。対してエンタープライズ企業を対象と考えると、市場はまだまだ空いており、サブスクリプションとして得られる金額も桁が違います。
この領域に関するこれまでの日本の大企業のやり方としては、オンプレミスのソフトウェアを使う、Slerにお願いする、などの形が一般的でした。しかし近年はニーズのシフトが起きていて、スピードやコストなどさまざまな観点でSaaSを求める顧客が増えていると思います。ここに対して大企業の要求にしっかりと答えられる高いクオリティのプロダクトを作り上げ、サブスクリプションモデルで付加価値を提供できれば、非常に大きなビジネスチャンスとなります。ここに対応できたことが、当社の成長の大きな鍵の一つになったと思います。
■アメリカでの「失敗」が血肉となり成長につながった
――もともとアメリカで起業なさったそうですが、アメリカでの経験で、今につながる学びなどはあったでしょうか。
洛西 実は、帰国したのは最初のアメリカでの起業が「失敗」したためでもあるんです。「最初からグローバルを狙っていこう」と考えシリコンバレーで起業をしたのですが、ユーザーをなかなか獲得できず、結果を出すことができませんでした。
一方で、アメリカでビジネスを経験したことで、全世界の人に使ってもらうために必要なシンプルかつ汎用的なプロダクト、マーケティングのノウハウ、開発力など、いろいろな知見を得ることもできました。現在、特定のドメインに特化しないグローバルを意識したものづくりで競争力を確保して海外での売り上げも伸びているのですが、シリコンバレーでの失敗が血肉となり今に生きていると思います。
――プロダクトを作る際に意識していること、大事にしている方針などはありますか。
洛西 当社では「ドッグフーディング」を必ず行うようにしています。ドッグフーディングとは、自社の商品やサービスを自分たちで使って改善に生かし、良いと確信できたもの、便利だと感じたものをお客様に提供するという考え方で、ドッグフードを販売している会社の社員が商品開発のためにドッグフードを食べたことが語源になっていると言われています(諸説あり)。
IT関連の商品を利用したときに、「何を考えてこんな作りにしたんだ」「作った人は自分で使ったことがあるのか」と使いづらさを感じることがあると思います。世の中にはそうした使いづらいサービスがたくさんあります。ドッグフーディングを徹底していれば、そうした商品をリリースしてしまうことは絶対に起きません。社内からのフィードバックと改善を繰り返すことで開発のスピードもあがりますし、クオリティに絶対の自信を持って顧客に提供することができるようになります。
――御社のサービスを導入した企業の解約率は1%未満というのをお伺いしました。そうした品質へのこだわりが、極めて低い解約率につながっているのでしょうか。
洛西 使い続けていただくポイントとしては、商品そのもののクオリティはもちろん、成果にコミットしたカスタマー体制も大きく貢献しています。導入した後に使いこなしてもらうだけではなく、さらに価値を得られるようになるまでの時間、「Time to Value」まで伴走体制を敷いて、成果を出すところまでをお約束しています。

例えば「この単語を入れたらこの答えが出せるようにしたい」というときにお手伝いをしたり、回答がないものに対して作るべき回答をアドバイスしたり、毎月定例で打ち合わせをしながら、お客様の中に入ってサポートをしています。
■創業以来大事にしてきた文化と、リーダーとしての意識
――リーダーとして組織を率いる上で、創業以来守ってきたポリシーのようなものはあるでしょうか。
洛西 「Self-drive」「Be open」という仕事の仕方は、会社が小さかったころから今でもカルチャーとして掲げています。
Self-driveは、自立したメンバーが、自らの意思で考え、行動し、一人ひとりが組織のミッションの達成に責任を持つという考え方です。例えば現在でもフルリモートができる制度になっていますが、これを続けるには社員への信用が必要となります。会社が大きくなるにつれてそれぞれの人員を細かく見ることができなくなってくるため難しさは増しますが、自走できる組織とするため、今でも継続しています。
Be openは、自らの考えをオープンにし、周りからの意見などに耳を傾け現状を修正する姿勢を持ち続けるという考え方です。これは社員一人ひとりに対してもそうですし、組織としてもPL・BSやありとあらゆるレイヤーによる会議の議事録などを共有するようにしています。情報の共有という観点では、200人くらいが参加するオンラインのミーティングも毎週行っています。毎回トピックをたてて、それに関して何でも質問してよい場にしています。新しいサービスのこと、会社の資金調達のことなど、議題はさまざまで、毎回いろいろな質問が寄せられています。
積極的な情報共有の背景にあるのは、「同じ情報があれば誰でも同じ意思決定ができるはずだ」という考え方です。つまり、経営者と現場の人たちを分けているものは、能力や思考方法などではなく、実は情報量の差なのではないかと思うんです。一部の人しかその情報を知らないから、意思決定もその一部の人たちで行い、経営層と現場の意識にずれが生じてしまう。とはいっても、もちろん、経営者である自分が一番情報を持っているのは確かなのですが、情報をオープンにしていけば意思決定に対しての理解が進み、コミュニケーションもスムーズになるのではないかと思っています。
――企業として成長を続けるためには、目標達成が必須になってくるかと思います。経営者として目標達成するために大事な能力は何だと思いますか?
洛西 いろいろとあると思いますが、僕自身としては、目標達成のために自分がボトルネックにならない、ということをいつも考えています。
――ボトルネックにならないというのは、例えば具体的にどのようなことを意識しているのでしょうか。
洛西 よく会社は経営者の器以上に大きくならないと言いますが、本当にその通りだと思うんです。周りのスタートアップを見ていても、やはり大きな会社の経営者はそれだけスケールが大きく、一つ上の判断ができる人たちです。自分も学び続けてそこを目指す必要がありますし、逆に言うと、それができない時点で会社もストップしてしまうと思います。そうならないためには、誰かに権限を委譲したり、自分が外れたりするという意思決定が必要です。これができない経営者はボトルネックとなり、企業としての目標達成や成長の妨げとなってしまうのではないでしょうか。
僕自身は、大企業を作り上げた経験があるわけではありません。なので、今それが出来ているというよりは、何とかそこに追いつこうと必死に頑張っているという表現が、今の自分に近いかなと思います。
■「日本で起業するなら京都」、ビジネスをする上での魅力とは
――現在は京都にお住まいということですが、京都の良いところ、好きなところはどんなところでしょうか?
洛西 この質問はよく聞かれます(笑)。実は出身は京都ではなく九州の大分県なんです。高校2年生のときに大分から京都に転校し、これまでに関東にもアメリカにも住んだことがあります。
西から東、海外といろいろな場所に暮らしてみて、やはり自分は京都の文化や芸術が好きだな、と感じます。例えば僕が住んでいるまちのお祭り一つとっても、なんというか手を抜かないんです。いろいろなところに「最高を追い求める姿勢」が根付いていると思います。
それから、都会的でありながら昔ながらの雰囲気が残っていて、そこも好きなところです。自分は今小さな子どもがいるのですが、京都は昔ながらの日本の村のように近所のみんなで子どもを育てるといった意識があり、子育てがしやすいです。
――本社の所在地も京都ですが、日本で起業するなら京都、と最初から考えていたのでしょうか?
洛西 はい。そこはぶれずに日本での起業は京都、と決めていました。理由は明確で、学生時代に培ったエンジニアやデザイナーとのネットワークが京都にあったんです。そのエンジニアやデザイナーも京都の学生たちです。それから、京都にはその当時からフリーランスのコミュニティがあり、僕自身もそれに運営的な形で関わっていたため、開発のネットワークが豊富にありました。それを生かすことができるので京都に本社を置き、事業を行っています。
――ビジネスをする上で、京都の特徴や強み、魅力というのはどういう点にあるとお考えでしょうか。
洛西人口に占める学生の比率が圧倒的に高いところです。かつ、東京や大阪に比べると学生の数に比べて企業が少ないのも優位にビジネスを進められる強みとなります。全国的に人手不足が言われていますが、京都に残って地元で働きたいと考えている学生がたくさんいるので、その受け入れ先として優秀な若手を確保しやすい場所だと思います。
<人口に占める学生の比率が高い都道府県トップ10>
順位 | 都道府県 | 人口に占める学生の比率(%) |
1位 | 京都府 | 6.76 |
2位 | 東京都 | 5.53 |
3位 | 石川県 | 2.96 |
4位 | 大阪府 | 2.92 |
5位 | 愛知県 | 2.61 |
6位 | 滋賀県 | 2.56 |
7位 | 宮城県 | 2.52 |
8位 | 福岡県 | 2.41 |
9位 | 兵庫県 | 2.33 |
10位 | 岡山県 | 2.28 |
■京都発のグローバル企業として、世界のITを率いる存在に
――今後について、事業に関する次の展開、目指すところとしてお考えのものはありますか。
洛西 技術力はしっかりと身に付けることができているので、次はこれをビジネスモデルとしてより力強く変換していく力、グローバルマーケティングが必要だと思います。それから、IT領域で主導権を握っていくためには、プラットフォームのものづくりも必要です。GAFAのような強いところは全て、プロダクトとして自分たちのプラットフォームを持っています。日本にも大きな素晴らしい会社はたくさんありますが、プラットフォームを抑えているかどうかが時価総額を100倍、1000倍という差にしています。
――生成AIについてはいかがでしょうか。生成AIを搭載したプロダクトについて、今後見込んでいるものはありますか。
洛西 生成AIの誕生は、何十年に一度の革新です。ありとあらゆるIT製品に組み込まれていくことはもう確定していて、今後はこれによってゲームチェンジが起き、強いと言われているIT企業が入れ替わっていくと思います。
逆に言うと、これは大きなチャンスでもあります。我々もまさに今、そのためのプロダクトをどんどん仕込んで世の中に出しているところです。例えば今まで培ってきたナレッジを共有するサービスをベースに、カスタマーサポートだけではなく企業内部の問題解決や社員の育成にも生成AIを活用できると考えています。生成AIに関しては、非常に面白いフェーズにあると言えるのではないでしょうか。
――10年後の御社がどのようになっていたいか、具体的なイメージはありますか。
洛西 10年後は、京都発のグローバル企業として、世界のITを引っ張っていくGAFAのような存在を目指したいですね。日本からこうした世界をリードできる存在を誕生させることが重要だと思います。
そして、僕としては京都をスタートアップのまちにしたい。スタンフォード大学がイノベーションの源泉となりシリコンバレーが出来たように、京都の学生たちの力を生かして、世界で活躍する企業がたくさん生まれるまちにできたらと思います。
【関連リンク】
株式会社Helpfeel https://corp.helpfeel.com/