およそ50年前に京都市南区で開業された鍼灸接骨院を、2代目として継承。法人化して平川接骨院/針灸治療院グループを大きく成長させたEMPOWERMENT株式会社の平川憲秀社長は、健康保険に依存しない経営戦略を採り、小手先の売上ではなく「会社を強くする」本質的なリーダーシップを重視。社員一人ひとりが自らを律し、患者を導き、チームをけん引する「セルフリーダーシップ」の育成を通じて、持続可能な組織成長を目指している。
今ではエンパワーメント経営アカデミーとして、経営ノウハウを同業他社へも提供する平川氏が考える、理想の組織と、それを率いるリーダーのあり方とは。
コンサルでは小手先のテクニックではなく会社を強くするための本質を伝える
── 御社は京都で先代が始めた接骨院が起こりですが、今では他社のコンサルもされているそうですね。
平川氏(以下、敬称略) ええ。弊社は京都を中心に接骨院・治療院を展開しており、それが基幹事業です。売上は約10億円。そこから派生して、同業他社への経営コンサルティングやセミナー事業も展開しており、こちらは約5年で2億円弱の規模です。
同業他社では介護や医療クリニックなど周辺事業に広げるケースもさまざまありますが、弊社はニッチな治療院や鍼灸院で一点突破を目指しています。
── 同業他社へのコンサルは、強力なライバルを生み出すことにはならないのでしょうか。
平川 当業界で売上10億円以上、25店舗以上の規模は全国でも50社程度と少なく、ほとんどが個人経営や数店舗規模のため、直接的な競合となることは稀です。また、多くの治療院が健康保険を前提に経営していますが、弊社は健康保険を使用していません。
健康保険利用は事業としては楽ですが、リスクも伴い、療養費の単価が低いため、依存すると経営が立ち行かなくなる可能性があります。そのため、コンサルティングでは小手先の売上アップではなく、会社を強くするための本質的な経営についてお伝えしています。
── コンサル先を強くしていく。まさに御社のサービスの真髄ですね。
平川 まさにリーダーシップ論に通じると思います。当業界の経営者は、治療の専門家であっても経営の知識に乏しい方が多数を占めます。そういった方々へ経営の本質を伝えることに注力しています。
── 書籍『日本一働きやすい治療院を目指したら、人が辞めない会社になりました』(あさ出版)にもその思想が込められていますね。社員への指導と、コンサルティング先のオーナーへの指導とでは、コミュニケーションの取り方に違いはありますか。
平川 社員とお客様とでは立場が異なりますが、伝えている内容は変わりません。理想のリーダー像や最も大切にしていることとして、「一貫性」を重視しています。その点では、コミュニケーションに大きな変化はありません。
── 書籍の執筆は、もともと考えていらっしゃったのですか。
平川 いいえ、まったく考えていませんでした。弊社は父親の代から続く治療院を私が引き継ぎ、来年で50年を迎えます。会社としてはまだ13期目で、外部事業や書籍執筆は当初想定していませんでした。
── 直接的なきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
平川 出版社さんからお声がけいただいたのがきっかけです。当時のテーマは「人が辞めない」ことでした。人手不足や採用難が叫ばれるなか、弊社の高い人材定着率に注目していただき、どのような取り組みをしているのかというところから始まりました。さまざまなコミュニケーションツールを活用し、社内研修や働く環境を整えることで、人材定着を図っています。
社名の「エンパワーメント」に込めた想いと組織の成長戦略
── 13年前に法人を設立したとのことですが、「エンパワーメント」という社名にはどのような想いを込められたのでしょうか。
平川 「エンパワーメント」には、権限委譲だけでなく、「勇気づける」「力を与える」「後押しする」といった意味合いがあります。一つは、体の障害や痛みで悩む患者さんを後押しし、勇気づけたいという想い。もう一つは、社員に力をつけてもらい、真の意味で権限委譲ができる会社でありたいという想いを込めて、この言葉を選びました。
── 会社を運営するうえで、ロールモデルとしている企業や理想像はありますか。
平川 特定のロールモデルはありませんが、会社の規模によって、最初はトップダウン型から始まり、長期的にボトムアップ型へ移行していくのが理想だと考えています。トップダウンの段階では、社長のリーダーシップが最も重要です。どのような言葉や方法でリーダーシップを発揮し、フォロワーを増やし、関係性を強固にするかを強く意識しています。社内では定期的に懇親会を開き、私も参加しています。
ボトムアップへの移行は、連続性を持って徐々に進むものだと考えています。今は特に、社員全員がリーダーシップを取れる組織を目指しています。社長だけが唯一のリーダーでは組織は脆弱です。新幹線のように全車両にモーターがついている状態が理想です。そのためには、一人ひとりの社員がリーダーシップを発揮できる状態が理想です。
── 従業員の皆さんが自らを引っ張っていけるような人材になるということですね。
平川 その通りです。リーダーシップには段階があると考えており、まずは「セルフリーダーシップ」が最も重要です。自分自身を律せない人は、他人を導くことはできません。
── セルフリーダーシップのほか、活躍できる人材に求められるスキルやマインドセットはどのようなものでしょうか。
平川 私たちの業界は、学歴や学校偏差値の高い、いわゆる優秀と言われる人材が集まるわけではありません。そのため、スキル以上にマインドセットが重要だと考えています。まずはセルフリーダーシップ、例えば毎日元気に「あいさつ」をすること、自分の機嫌を自分で取れるようにすることなど、最低限のことが非常に重要です。
長年採用と人材育成に携わっていますが、そういった部分はなかなか変えられません。大きな声であいさつする、笑顔で出社するといったことは習慣です。20歳前後で入社する若い社員は、20年間それぞれの家庭で育ってきています。家庭であいさつをあまりしない、家族同士で笑顔で会話することが少ないといった環境で育った人を、教育で変えるのは非常に難しいことです。
そのため、採用の段階でそういったマインドセットの部分を重視して見ています。スキルはいくらでも教え、トレーニングで伸ばすことができますが、マインドセットやパーソナルな部分は変えにくいと感じています。
京都という地での事業展開と未来への展望
── 専門学校を卒業して入社される方が多いのですね。京都ご出身の方が多いのでしょうか。
平川 ほぼ専門学校卒で、国家試験に合格して入社します。今は京都出身者は三分の一程度かもしれません。大阪、兵庫、滋賀にも店舗があるので、その地域の学校に対して採用活動を行っています。
── 社員の異動はありますか。人材の成長のためにも異動は必要だとお考えでしょうか。
平川 はい、あります。他社からは驚かれますが、弊社では異動が当たり前という方針です。ただ、最近は実家暮らしの社員も多いため、遠方への異動は慎重に行っています。
── 京都以外にも店舗を展開されているなかで、京都という地の良さや課題、御社にとっての意味についてお聞かせください。
平川 「京都だから」という特別な意識はあまりありませんが、京都が発祥の地であり、約50年間ここで事業を行ってきたため、土地勘があるのは大きいです。
そのためか京都での出店はほぼ失敗がありませんが、大阪や兵庫など遠方では難しい面もあり、失敗例もあります。京都には14店舗あり、京都ハンナリーズさんのおかげもあって認知度をいただいています。平川という名前を聞けば「あそこにもあるよね」と思い出していただけるのは、非常にありがたいことです。
── 京都の他の経営者の方々との交流のなかで、何か感じていらっしゃることはありますか。
平川 京都には老舗企業が多く、独自のコミュニティがあるのでしょうが、弊社は一接骨院に過ぎません。そのため、同じような経営勉強会で一緒になるスモールビジネスの経営者の方々とのつながりが多いです。
── インバウンドやまちづくりの変化など、京都という街に対して、長く生活者としてお住まいになられている平川社長が思う良い点や、もっと魅力的になるための課題はありますか。
平川 京都はインバウンドや観光を中心に、非常に資産のある都市です。大学やIT企業、老舗の製造業も多く、人が集まる理由はたくさんあると感じています。ただ、土地がホテルやマンションの取り合いとなり、若い世代が京都から流出しているのは寂しいと感じます。
── 異業種とのコラボレーションについては、何かお考えはありますか。
平川 今はあまりありませんが、これからぜひチャレンジしていきたいと考えています。サービス業という性質上、難しい面もありますが、取り組みたいことの一つです。
── AIの活用が注目されていますが、御社のビジネスや平川社長ご自身にとって、AIについて思うところはありますか。
平川 弊社でもAIは特にバックオフィスで活用を進めています。マーケティングや会計、財務の分野で導入し、時間のかかる業務が自動化され、生産性が向上しているのは良いことです。介護や医療といったサービス業は生産性が低いイメージがありますが、これまでは現場の先生方の努力に依存する部分が大きかったと考えます。
私たちは、現場の先生方が患者さんの施術に専念できる環境を整えたいと考えています。バックオフィスと一体となり、サービス業以外の売上も作れるようにすることで、全体の生産性を上げていきたいです。同業他社でこのような取り組みをしているところは少ないので、京都の他業界の方々と意見交換しながら、AI活用を進めていきたいと考えています。
組織としての成長を目指す未来・京都への貢献
── 生産性を高めつつ、本来やるべきことに注力していくのですね。御社がこれから目指す成長や発展について、具体的なイメージがあればお聞かせください。
平川 施術やケアをする先生方は、もともと生産性が低い業界のため、営業活動など多様な業務をこなす必要がありました。しかし、本来の専門性は体のケアや心のケアです。そこに専念できる環境に回帰すべきだと考えています。
現在「優秀」とされるセラピストは、営業や販売、トークも巧みで治療も上手というイメージがありますが、営業や販売はAIやバックオフィスで代替可能です。患者さんの体に触れ、心身を癒すことが本来最も価値の高い仕事です。その仕事に専念し、スキルをさらに高められる体制づくりが課題であり、それが実現すれば本来の働き方で生産性が向上すると考えます。
── 施術に特化し、それを極めていくという方向性ですね。最近では、SNSなどで個人が発信力を持ち集客も行うのがトレンドですが、そことのバランスについてはどうお考えですか。
平川 個人が発信力を持って集客できるのは理想ですが、弊社は組織としての成長を重視しています。個人の発信力はもちろん大事ですし、施術者がリーダーシップを発揮するなかで、そうした発信力を身につける人が出てくるのはポジティブなことです。
しかし、そのような人材が多数生まれるのは困難です。組織として強くなっていきたいというのが、私の経営方針です。組織的に取り組めることは、ぜひ進めていきたいと考えています。
── 組織で成長していった先の、たとえば5年や10年、あるいは50年後の目標についてお聞かせください。
平川 組織とは役割分担です。一人ひとりが自身の役割を自覚し、成果を出すことが重要です。だからこそ、まずはセルフリーダーシップ。次に、患者さんを引っ張っていく力です。患者さんは自分では解決できない体の悩みを相談しに来られるため、問題解決のゴールまで導くのが私たちの仕事です。そして、その次はチームを引っ張る力、つまり各店舗単位でスタッフを牽引する力です。
役割によってリーダーシップの範囲は広がります。より広範囲に及ぶリーダーシップを発揮できる人は、働き方や役職が変わっていくでしょう。現場の人がレベルが低い、幹部が偉いということではなく、役割分担が全体で認識されている状態が健全な組織であり、長期的に繁栄できると考えます。
── 50年先を見据えたとき、次のリーダーにはどのような人に会社を率いていってほしいですか。
平川 事業承継は社長の最後の仕事とも言われますが、まだ具体的に考えているわけではありません。
ただ、京都という地で事業を続けてきたため、これからも京都を中心に会社をさらに発展させて欲しいです。次世代に変わったからこそ、さらに良くなったと言われるようにしてもらいたい。
京都という土地で、50年という歴史はまだ短いですが、百年、150年と続いていくようにしたいです。今の老舗企業も、最初は老舗だったわけではありません。京都の老舗が形を変えながらも繁栄しているなかで、弊社もそのような企業の仲間入りができたらと願っています。
── 京都ハンナリーズとのパートナーシップ関係はもう長いそうですが、京都のスポーツや文化の発展についてはどうお考えですか?
平川 私も中学校でバスケをしており、バスケ観戦も好きで、息子とよくハンナリーズさんの会場に足を運んでいます。チーム創立の時から長年ご協力関係を持たせていただいており、チームの変遷を近くで見てきました。
当時、リーグもチームも資金が潤沢ではなかったため、お金だけでなく選手のケアといった面まで携わらせていただきました。今はリーグも盛り上がっています。
これから新しいアリーナができますが、京都は「新しい事業は難しい」「新しいものに対して批判的、冷ややかな目で見てしまう気質がある」と言われることがあります。
しかし、そうした気質を乗り越えてアリーナもできますし、バスケだけでなく多様な文化や芸術が入ってくるでしょう。インバウンドだけでなく、そこに住む人たちがそうした文化に触れる機会が増え、京都にはそのための下地が十分にあると感じています。