ROIC

■ 「売り上げは伸びているのに、なぜか楽にならない」その答えはROICにあり

「売り上げ至上主義」から抜け出せない。会社全体の売り上げは毎年着実に伸び、事業規模も拡大している。しかし、なぜか資金繰りは一向に楽にならず、経営者としての心労は絶えない──。

多くの経営者が抱えるこの根深いジレンマを解決する鍵が、近年、投資家だけでなく、本質的な経営改善を目指す企業の間で注目されている「ROIC(ロイック:投下資本利益率)」です。

ROIC経営は、単なる財務指標の一つを追いかけることではありません。それは、事業のために銀行や株主から集めて投じた資金(資本)を、どれだけ効率的に利益へ転換できているか、いわば会社の「稼ぐ力」そのものを可視化する経営の羅針盤です。

本記事では、ROICの基本的な意味や計算式から、なぜ今、中小企業経営者にこそROICが必要なのか、そして明日から実践できる導入ステップまでを、図解を交えながら分かりやすく解説します。売上規模の追求から、資本効率を重視した質の高い成長へ。その第一歩を踏み出しましょう。

■ そもそもROICとは何か?会社の「本当の収益力」を測るモノサシ

まずはROICの基本を理解しましょう。アルファベットが並び、複雑に見える言葉も、その構造を分解すれば非常にシンプルです。

● ROICの計算式と意味

ROICは、以下の計算式で算出されます。

ROIC計算式

ごく簡単に言えば、「事業活動に投じた元手(投下資本)を使って、どれだけの本業の利益(NOPAT)を生み出したか」を示す指標です。

たとえば、1億円の元手で事業を行い、1,000万円の利益を上げた会社のROICは10%です。もし別の会社が、同じ1,000万円の利益を上げるために2億円の元手を必要としたなら、その会社のROICは5%となります。ROICの数値が高いほど、資本を効率的に使って稼いでいる「筋肉質で良い経営」と言えるのです。

ここで出てくる2つの重要な要素をもう少し詳しく見てみましょう。

  • NOPAT(ノーパット:Net Operating Profit After Tax)とは? これは「税引後営業利益」のことで、会社が本業で稼いだ儲けから、その儲けにかかる税金を支払った後に残る利益を指します。計算はシンプルで、損益計算書(P/L)の「営業利益」に、法人税等の実効税率を掛けて算出します。(NOPAT = 営業利益 ×(1 - 実効税率))なぜ営業利益を使うかというと、支払利息や本業以外の損益を除いた、純粋な事業活動の成果を見るためです。
  • 投下資本とは? これは、事業活動を行うために投じられた資本のことです。主に、金融機関からの借入金である「有利子負債」と、株主が出資した「株主資本(自己資本)」の合計額で計算するのが一般的です。貸借対照表(B/S)の貸方(右側)を見れば、会社がどのように資金を調達したかがわかりますが、そのうち事業のために集めてきた「元手」が投下資本にあたります。

● なぜROAやROEよりもROICが重要なのか?

経営指標には、ROICのほかにも「ROA」(総資産利益率)や「ROE」(自己資本利益率)といった有名なものがあります。これらも重要な指標ですが、会社の「事業の稼ぐ力」を正確に測るという点では、ROICに軍配が上がります。その違いを理解することが重要です。

  • ROE(自己資本利益率)の弱点 ROEは、株主が出資した自己資本に対してどれだけのリターン(当期純利益)を上げたかを示す、株主目線の指標です。しかし、ROEは借金を増やす(財務レバレッジをかける)ことでも数値を高めることができてしまいます。極端な話、借金漬けの会社でもROEが高く見えてしまう可能性があり、経営の健全性までを判断するには不十分です。
  • ROA(総資産利益率)の弱点 ROAは、会社のすべての資産(総資産)を使ってどれだけの利益を上げたかを示す指標です。一見、良さそうに見えますが、総資産には本業とは直接関係のない資産(たとえば、政策保有の投資有価証券や、使っていない遊休不動産など)も含まれてしまいます。そのため、事業そのものの収益性を純粋に評価するにはノイズが多くなってしまうのです。
  • ROICの強み これらに対し、ROICは「本業」の利益(NOPAT)を、そのために「投下された資本」だけで割って計算します。これにより、財務レバレッジの影響や、事業と関係のない資産を除外し、企業の純粋な事業活動における収益性をより正確に評価できるのです。まさに、経営者が自社の事業の健康状態をチェックするのに最適な指標といえます。

● ROIC経営のゴール:WACC(資本コスト)を上回る

では、ROICは何%を目指せば良いのでしょうか。その絶対的な基準となるのが「WACC(ワック:加重平均資本コスト)」です。

WACCとは、会社が事業のために資金を調達するのにかかっているコストのことです。会社が使っているお金は、金融機関から借りたお金(有利子負債)と、株主から集めたお金(株主資本)で構成されています。金融機関には「利息」を支払い、株主には「配当」などで応える必要があります。この二つのコストを、それぞれの調達額に応じて加重平均したものがWACCです。いわば、「資本の調達コスト」の平均利率と理解してください。

ROIC経営で目指すべきゴールは、常に「ROIC > WACC」の状態を維持することです。

資本の調達コスト(WACC)を上回る利益率(ROIC)を上げて、はじめてその差額分が企業の新たな価値となります。もし「ROIC < WACC」の状態が続いているなら、それは調達コストを賄えるだけの利益を事業で生み出せていないことを意味し、企業価値を毀損している危険な状態といえるのです。

■ 中小企業にこそROIC経営が必要な4つの理由

ROICは大企業や上場企業だけが使う小難しい指標ではありません。むしろ、ヒト・モノ・カネといった経営資源が限られる中小企業にこそ、その真価を発揮し、多くのメリットをもたらします。

● 理由1:勘や経験だけに頼らない、的確な経営判断ができる

中小企業の経営は、良くも悪くも経営者の勘や経験に頼る場面が多くなりがちです。「この新しい設備投資は、本当に儲けにつながるのか?」「A事業とB事業、本当はどちらが一番効率良く稼いでいるのか?」「この新規出店は、会社の資金を有効に使えていると言えるのか?」こうした重要な問いに対して、感覚だけで答えるのは非常に危険です。

ROICは、こうした経営判断に明確な判断基準を与えてくれます。それぞれの事業や投資案件ごとにROICを試算することで、どの選択肢が最も資本効率が高いかを客観的に比較検討できます。これにより、貴重な経営資源を最もリターンの見込める分野に集中させることが可能となり、感覚的な経営から、データに基づいた戦略的な経営へとシフトすることができるのです。

● 理由2:金融機関からの信頼が高まり、融資交渉が有利になる

金融機関、特に地域経済を支える信用金庫や地方銀行は、融資先の事業の持続可能性を非常に重視しています。融資面談の場で、単に「売り上げは順調に伸びています」とアピールするだけでは、担当者の心には響きにくくなっています。なぜなら、売り上げが伸びていても、それ以上にコストや借入金が増えていれば、返済能力はむしろ低下している可能性があるからです。

そこでROICが力を発揮します。決算書をもとに自社のROICを示し、「我が社は、お借りした資金を含めた投下資本に対し、これだけの利益率を上げています。資本効率が非常に高いため、返済原資は十分に確保できます」と具体的に説明できれば、説得力は格段に増します。資本をいかに効率的に利益に転換しているかを示すことは、事業の収益性と経営者の経営能力を証明する何よりの証拠となり、金融機関からの信頼を高め、融資交渉を有利に進めることにつながります。

● 理由3:「利益を出す」意識が全社に浸透する

多くの会社では、部門ごとに追いかける目標がバラバラになりがちです。営業部門は「売上高」、製造部門は「生産量」、管理部門は「経費削減」といったように、それぞれの目標が必ずしも会社全体の利益につながっているとは限りません。

ROICを全社の共通言語として導入することで、この状況は一変します。全社員が「投下した資本からいかに効率よく利益を生むか」という共通の視点を持つようになるからです。

たとえば、営業部門は、単に売り上げを追い求めるだけでなく、利益率の低い取引を見直したり、売掛金の早期回収を意識したりするようになります。製造・仕入部門は、過剰な在庫が投下資本を増やしROICを悪化させることを理解し、在庫の圧縮に真剣に取り組むようになります。ROICという一つのモノサシを通じて、全社員が経営者目線で自らの業務をとらえなおし、自律的に収益性向上に取り組む文化が醸成されるのです。

● 理由4:事業承継を円滑に進めるための準備になる

将来の事業承継は、多くの中小企業経営者にとって最大の課題の一つです。その際、後継者が最も不安に思うことの一つが、「何を基準に経営の舵取りをしていけば良いのか」という点です。先代経営者のような勘や経験がない中で、重大な経営判断を下していくことに大きなプレッシャーを感じています。

ROICは、この課題に対する明確な答えとなります。企業の収益力と企業価値を客観的に示す指標であるROICを経営の軸に据えておくことで、後継者は判断の拠り所を持つことができます。「ROICをWACC以上に保つ」という明確な目標があれば、事業の引き継ぎは格段にスムーズになります。また、親族内承継だけでなく、M&Aによる第三者承継を検討する際にも、ROICの高さは自社の企業価値をアピールする強力な武器となります。

■ROIC経営の始め方|実践のための4ステップ

理論は分かっても、実際に自社でどう実践すれば良いのか。ここでは、中小企業が明日からROIC経営を導入するための、具体的な4つのステップを解説します。

● Step 1:自社の現状を知る(ROICの算出)

何よりもまず、自社の現在地を正確に把握することから始めます。過去3期分ほどの決算書(損益計算書と貸借対照表)を用意し、自社のROICを実際に計算してみましょう。

  • NOPATの算出:損益計算書から「営業利益」の額を抜き出します。次に、自社の法人税等の実効税率(概ね30%程度で計算すればOK)を調べ、「営業利益 × (1 - 実効税率)」でNOPATを計算します。
  • 投下資本の算出:貸借対照表から「有利子負債(短期借入金+長期借入金+社債など)」と「株主資本(自己資本)」の額を抜き出し、それらを合計します。
  • ROICの算出:上記の「NOPAT ÷ 投下資本 × 100」でROICを求めます。
この計算を過去3期分ほど行うことで、自社の「稼ぐ力」が向上しているのか、それとも低下しているのか、そのトレンドが見えてきます。これがすべての分析の出発点です。

● Step 2:目指すべき目標を決める(WACCの把握と目標ROICの設定)

次に、自社が目指すべきROICの目標値を設定します。前述のとおり、その基準となるのがWACC(資本コスト)です。非上場の中小企業の場合、株主資本コストの算定が難しく、厳密なWACCを計算するのは容易ではありません。

しかし、完璧を目指す必要はありません。まずは「金融機関からの平均借入金利」を、最低限超えるべきハードルとして意識しましょう。たとえば、銀行からの平均借入金利が2%であれば、WACCはそれよりも高くなるため、まずはROIC 5%を目指す、といった具体的な目標を設定します。重要なのは、自社の資本にはコストがかかっているという意識を持ち、そのコストを上回るリターンを生み出すという目標を明確に定めることです。

● Step 3:ROICを分解し、現場のアクションにつなげる(ROICツリーの作成)

ROICという会社の目標を、現場の社員の日々の業務に結びつけるために、ROICをさらに細かい要素に分解していきます。この分解図を「ROICツリー」と呼びます。

ROICは、以下の2つの要素に分解できます。

ROIC計算式2

つまり、ROICを高めるためには、

  • 「売上高利益率」を上げる(収益性の向上)
  • 「投下資本回転率」を上げる(効率性の向上) のどちらか、あるいは両方を改善すれば良いことがわかります。
さらに、これらの指標を現場のKPI(重要業績評価指標)にまでブレークダウンします。

  • 売り上げ高利益率を上げるには? → 原価を下げる、販管費を削減する、商品の値引きを抑制する、高付加価値商品を開発する。
  • 投下資本回転率を上げるには? → 在庫を圧縮する(在庫回転日数の短縮)、売掛金を早く回収する(売上債権回転日数の短縮)、使っていない機械や土地(遊休固定資産)を売却する。
このように分解することで、「在庫を10%削減すれば、投下資本がこれだけ減り、ROICが〇%向上する」といったつながりが可視化され、各部門の担当者が何をすれば良いのかが明確になります。

● Step 4:経営サイクルに組み込む(PDCAの実践)

ROICツリーを作成したら、それを経営のサイクルに組み込み、継続的に運用していくことが最も重要です。

月次や四半期ごとに行われる経営会議や部門会議のアジェンダに、ROICツリーで設定したKPIの進捗確認を必ず盛り込みます。

  • Plan(計画):設定した目標ROICと各KPIの目標値
  • Do(実行):各部門での改善活動の実践
  • Check(評価):会議で目標と実績の差異を確認・分析する
  • Action(改善):分析結果に基づき、次の打ち手を考え、計画を修正する
このPDCAサイクルにROICツリーを組み込むことで、全社的な取り組みが形骸化するのを防ぎ、経営計画が「絵に描いた餅」で終わるのを防ぎます。ROICを軸とした経営改善のサイクルが、組織に定着するのです。

■ ROIC経営に関するよくある質問(Q&A)

経営者が抱きがちなROIC経営に関する疑問を、よくある質問形式でまとめました。

● Q1. 中小企業でもWACC(資本コスト)は計算できますか?

A1. 学術的に厳密なWACCの計算は、非上場企業にとっては複雑で困難な部分があります。しかし、完璧な数値を出すことよりも、その考え方を経営に取り入れることの方が重要です。まずは、自社の「金融機関からの平均借入金利」を、超えるべき最低ラインの一つの目安とすることができます。たとえば、平均金利が2%で銀行からお金を借りているなら、事業でそれ以上の利益率(ROIC)を上げなければ利息も払えない、という考え方です。まずは「自社の資本にはコストがかかっている」という意識を持つことから始めましょう。

● Q2. ROICさえ高ければ、どんな経営でも良いのですか?

A2. いいえ、それは危険な考え方です。ROICはあくまで「資本効率」を測る指標であり、万能ではありません。たとえば、目先のROICを高めることだけを追求するあまり、未来のための研究開発投資や、将来の成長を担う人材育成への投資を怠ってしまうと、長期的には企業の競争力を損なう可能性があります。ROICは重要な羅針盤ですが、それだけを見て航海するのは危険です。足元の資本効率の改善と、未来の成長に向けた戦略的な投資。この両者のバランスを取ることこそ、経営者の腕の見せ所です。

● Q3. どのくらいの頻度でROICをチェックすれば良いですか?

A3. 決算書全体が必要となる正式なROICの算出は、年次や半期、あるいは四半期ごとになるのが一般的です。しかし、それでは経営のスピードに対応できません。重要なのは、Step3で作成したROICツリーに分解された、現場レベルのKPIを高い頻度でチェックすることです。たとえば、「在庫回転日数」や「売掛金回収サイト」「主要製品の利益率」といった指標は、月次でチェックし、問題があればすぐに対策を打つべきです。日々の業務改善の積み重ねが、最終的なROICの向上につながります。

■ ROICは、会社の未来を照らす「経営の知性」である

ROICは、事業に投じた貴重な資本から、どれだけ効率的に利益を生み出せているかを示す「稼ぐ力」そのものを測る、きわめて優れた指標です。

従来のROAやROEよりも本業の収益性を正確に映し出すため、的確な経営判断や金融機関からの信頼向上、そして全社員の意識改革といった、多くのメリットを会社にもたらします。

成功の鍵は、ROICを単なる計算で終わらせず、ROICツリーを用いて現場の具体的な行動目標にまで分解し、それを経営のPDCAサイクルに組み込んで粘り強く運用し続けることにあります。

ROIC経営とは、単なる数字遊びではありません。それは、自社の限りある経営資源をどこに集中させ、どう未来の企業価値に転換していくかを深く考える「経営の知性」そのものです。

まずは一度、貴社の決算書を片手に、自社のROICを計算することから始めてみませんか。その数字の先に、これまで見えていなかった会社の強みや課題、そして新しい未来への道筋が、きっと見えてくるはずです。