自らの学生時代の原体験から「日本の就職活動のあり方を変えたい」と志し、社会人を経験した後、学生時代を過ごした京都で株式会社エンリッションを創業した柿本優祐氏。同社は国内の有力大学を中心に、学生が無料で利用できるキャリア支援カフェ「知るカフェ」を展開している。
創業して数年、事業が順調に伸びつつある中で、パンデミックによる大学閉鎖という未曾有の危機により、一時はクライアント数がほぼゼロになるという絶望的な状況に直面した。
しかし、コスト削減とオンライン化、そして何より「社会課題の解決」という揺るぎない軸を武器に乗り越えた。現在は日本・インドの上位大学内外に23店舗を展開し、次なる目標として「国内50店舗」を掲げている。 京都という学生の街で培われた「学生と社会をつなぐ文化」を、日本、および世界へと広めようとする柿本氏の歩みと、次世代のリーダーに求められる覚悟に迫る。
日本の就活に覚えた違和感。自身の体験から生まれた「知るカフェ」
── 株式会社エンリッションの社名の由来と、「知るカフェ」について教えてください。
柿本氏(以下、敬称略) 社名は「Enrich」(豊かにする)という言葉からの造語で、同名の会社があったため、今の形にしました。私たちのミッションである「学生生活や将来のキャリアを豊かにする」という思いを込めています。
このミッションを具現化したのが「知るカフェ」です。一言で言えば、学生限定のキャリア支援カフェですが、最大の特徴は学生が「完全に無料」で利用できることです。会員登録をすれば、高品質なコーヒーなどのドリンク、Wi-Fi、電源がすべて無料で提供されます。
なぜ無料にできるのかというと、この場所を「企業と学生のオフラインの採用プラットフォーム」として位置づけているからです 。学生にとっては日常的に使える場であり、企業にとっては、従来の就活イベントでは出会えないような「まだ就活を始めていない優秀な学生」と出会い、自社の魅力をじっくりと伝えられるブランディングの場になります。
企業からは利用料をいただき、その収益でカフェを運営する。このモデルによって、学生はお金に縛られず社会と接点を持て、企業は中長期的な母集団形成ができるという、これまでにない互恵的なサイクルを生み出しています。
── 事業を立ち上げたきっかけは何だったのですか?
柿本 起業のきっかけは、私自身の学生時代の経験にあります。私は神戸出身で京都の同志社大学に進学したのですが、そこで非常に多くの社会人と接点を持つ環境に恵まれたんです。金融や商社、メーカーの方々とスノーボードに行ったり、食事をしたりしていました。
その際、ただ遊びに行くのではなく、相手の会社のパンフレットをわざわざ取り寄せて読み込んでから会いに行くような、少し変わった学生でした。1年生の頃からそうして社会人と日常的に触れ合っていたことで、自分の中に「仕事」や「業界」のリアルなイメージが自然と蓄積されていったのです。
── 一般的な学生よりもかなり早い段階から、社会との接点を持たれていたのですね。
柿本 そうですね。しかし、いざ自分が就職活動の時期になり、周りの友人たちを見ると、3年生になって慌ててナビサイトに登録し、数十社にエントリーして、数回会っただけの会社から内定をもらって決める……そのプロセスに強い違和感を覚えました。
実際、日本では新卒採用者の約3割が3年以内に離職する状態が長年続いていて、就職のミスマッチは社会課題となっています。
一方で、アメリカの友人などは入学直後からインターンを探し、夏休みにはがっつり働いて、自分のやりたいことを見定めていく。この差は何だろうと考えたとき、日本には「学生が早い段階から、日常的に社会人と出会える場」が圧倒的に不足していることに気づいたのです。
現代の6ヵ月間や7ヵ月間とも言われる短い「就活期間」だけで人生を左右する決断を強いる今のシステムは、学生にとっても企業にとっても不幸なミスマッチを生みやすい。これを解決するために、大学のすぐそばに、学生が授業の合間にふらっと立ち寄れて、そこに社会人が遊びに来ているようなカフェを作りたい。そう思い立ったのが大学3年生の時でした。
コロナ禍という最大の危機と「軸」の再確認
── 2013年の創業から順調に店舗を増やしてこられましたが、経営を続ける中で最も大変だったことは何でしょうか。
柿本 やはりコロナ禍ですね。私たちのモデルは「学生が店舗に来ること」を前提としています。学生は無料で利用でき、企業からの「知るカフェ」サービス利用料で運営する事業です。ところが、パンデミックによって大学が閉鎖され、学生が一人も来れない状況 になりました。
当時、167社あったクライアントとの契約は、ほぼゼロになりました。学生も来ない、キャッシュも入ってこない。 一方で当時すでに300人ほどの学生アルバイトを雇用しており、彼らの生活も守らなければならない。出口の見えないトンネルに入ったようで、本当に苦しい時期でした。
── その絶望的な状況を、どのようにして乗り越えられたのですか。
柿本 まずは徹底したコスト削減です。コピー用紙一枚に至るまで見直し、わたし自身の報酬も削りました。 そのうえで、私たちが持っていた学生のデータベースを活用し、オンラインでの交流会「Meetup」を急ピッチで構築しました。企業側もリモートワークで学生との接点を求めていたので、オンラインでつなぐ仕組みを死守することで、なんとか生き残ることができました。
ただ、やはりコロナが明けてからは「対面」の強さを再認識しています。現在もオンラインを併用はしていますが、学生も企業も「直接会って話したい」というニーズが非常に強い。苦しい時期にオンラインへ逃げるのではなく、店舗という「場」の価値を信じ続けたことが、現在のV字回復につながっていると感じています。
市場の変化:就活の「超早期化」への対応
── 最近の学生の動向や、就職活動を取り巻く環境については、10年前と比べてどのような変化を感じますか。
柿本 特に上位校学生は就活の早期化が著しく、キャリア意識の高い学生は1年生から積極的に情報収集や経験機会を創出することに取り組んでいます。
「知るカフェ」を利用する学生の約60%は大学1・2年生です。以前は3年生から動き出すのが普通でしたが、今は入学してすぐに「将来のために何をすべきか」を考えている学生が非常に多いです。
これには、サマーインターンシップへの意識が高まっている影響も大きいです。企業側も、優秀な学生であればあるほど、従来の「就活年次になって新規接点を持つ」時間軸では選択肢に入り込めないという危機感を持っています。
── 企業側の意識も、採用ターゲットを低学年にシフトさせているのですね。
柿本 顕著ですね。主要金融機関や大手企業、官公庁だけでなく中小企業までもが、「1・2年生のうちに自社を知ってもらわなければ、就活本番では選択肢にすら入れてもらえない」と、知るカフェでのブランディングに力を入れています。
一方で、学生たちの「真面目さ」も加速しているように感じます。今の学生は授業への出席率が非常に高く、”代返”(代わりに出席して返事をすること)なんて言葉はもう死語に近い。カフェにいても、空き時間にしっかり勉強している学生がほとんどです。
そうした真面目な学生たちが、企業の「中身」をシビアに見極めようとしている。だからこそ、一方的な広告ではなく、少人数でじっくり話せる「Meetup」という対話の場が支持されているのだと思います。
── 「知るカフェ」は現役の大学生スタッフによって運営されているそうですね。
柿本 はい。書類選考と面接を突破した各大学の学生が店舗を運営しています。シフト作成や商品選定、マーケティング、損益管理を行うサービス担当から、集客戦略の立案を行う企業担当まで、すべて学生が担っています。
── 学生にそこまでの権限を委譲するのは、勇気が必要だったのではないでしょうか。
柿本 彼らは非常に意欲的で、所属大学の就活トレンドにも習熟しています。店長やマネージャーだけでなく、店舗を監査するスーパーバイザーまでも学生が務める自律的な運営を実現しています。彼らの内定先は、人気の高い大手商社やコンサルティングファームなど多岐にわたりますが、知るカフェでの運営経験が彼らの成長にもつながっていると自負しています。
また、「Meetup Consulting Team」(MCT)というチームもあり、クライアント企業のMeetupのテーマ設定や販促物制作を学生目線でサポートしています。学生の心に刺さる言葉やデザインは、やはり学生自身が一番よく分かっていますから。
両親は公務員。自分も経営者になるつもりはなかった
── 柿本代表は、もともと「社長になりたい」という気持ちがあったのでしょうか。
柿本 いえ、実はまったくなかったんです。うちは公務員一家で、親戚にも経営者はいませんでした。起業したときは「変なことを始めた」と心配されたくらいです。
ただ、自分の中に「この社会の仕組みを変えたい」という強烈な原体験があった。就職活動のミスマッチという、日本が抱える大きな課題を解決したいという一念でここまで来ました。よく「起業したい」と言う学生に会いますが、私はいつも「お金を稼ぐことよりも、どの課題を解決したいのかが大事だ」と伝えています。
── リーダーとして大切にしている信念を教えてください。
柿本 「社会貢献」を軸からぶらさないことです。ビジネスをやっていると、業容拡大でビジネスを多様に広げる話やトレンドに乗じたマーケット拡大の話もたくさんあります。しかし、それが「学生の将来を豊かにする」という私たちのミッションに沿っているかどうか。ここに照らしてNOと言える強さを持つことを意識しています。
もう一つは、ワークスアプリケーションズ時代の経験が活きています。同社は「起業家精神」を重んじる文化で、当時の社長からは「社長の金稼ぎになんて、誰もついてこない。世の中の課題を解決しようとするから、優秀な人が集まるんだ」と叩き込まれました。この教えは、今でも私の経営の根幹にあります。
京都から世界へ:これからのエンリッション
── 今後の事業展開について、具体的な目標をお聞かせください。
柿本 まずは国内で50店舗まで拡大することを目指しています。現在20店舗ですが、直近では横浜国立大学や東京理科大学など、国立大学や理系キャンパス内への出店が控えています。
特に地方の国公立大学や理系学生は、企業からのニーズが非常に高い一方で、都心の学生に比べて企業と接触する機会が少ないという課題があります。この格差を埋めるためにも、理系・地方への展開は加速させていきます。
── インドへの進出もされていますが、海外での反応はいかがですか。
柿本 インド工科大学(IIT)のデリー校、ボンベイ校、ハイデラバード校に出店していますが、非常に熱気を感じます。日本の「知るカフェ」のモデルは、海外のダイレクトリクルーティングが主流の国々でも非常に親和性が高いんです。日本の優秀な学生と、世界の優秀な学生が、同じ「知るカフェ」というプラットフォームを通じて社会と接点を持つ。そんな光景を当たり前にしていきたいですね。
── 創業の地である「京都」でのビジネスについては、どう感じていますか。
柿本 京都は「大学の街」であり、私たちの事業にとってはこれ以上ない最高のホームです。京都大学や同志社大学といった有力校が集まり、学生が街の文化を形作っています。大阪や東京ではなく、京都からスタートしたからこそ、現在の「知るカフェ」の文化が醸成されたのだと思っています。
この京都の地で培った「学生と社会をつなぐ文化」を、日本全国、および世界へと広めていく。それが、私たちが京都という街にできる恩返しだと思っています。
── 最後に、長期の目標、「知るカフェをどうしていきたいか」についてもお願いします。
柿本 私たちは「知るカフェ」を、単なる就活支援の場ではなく、学生が自らの価値観を確立し、社会へ出る準備をするための居場所にしたいと考えています。
企業の方々には、ぜひ広告的な視点ではなく、「後輩たちの未来を応援する」という姿勢で学生と接していただきたい。その真摯な姿勢こそが、結果として最も確実な採用ブランディングにつながると確信しています。
学生の皆さんには、4年間の限られた時間の中で、一つでも多くの「社会のリアル」に触れてほしい。その出会いが、皆さんの人生を豊かにするきっかけになるはずです。