経営者にとって「お金を借りる」ことは、企業を存続・成長させる上で必要な経営判断の一つです。
しかし、それを単なる「借金」としてとらえるか、戦略的な「デットファイナンス(Debt Finance)」としてとらえるかで、会社の未来は大きく変わります。
多くの経営者は、「負債」という言葉にネガティブなイメージを抱きがちです。しかし、成長意欲の高い企業にとってのデットファイナンスは、単なる資金の穴埋めではなく成長を加速させるための「レバレッジ」(てこの原理)として機能します。
デットファイナンスの本質は、自社の「経営権」(株式)を一切手放さずに、外部の「他人資本」を計画的に活用し、成長のレバレッジをかける経営手法にあります。
この記事では、戦略的な「他人資本」の活用術であるデットファイナンスについて、基本的な仕組みからエクイティーファイナンスとの決定的な違い、そして経営者が知っておくべきメリットとリスクを詳細に解説します。
デットファイナンスとは?「他人資本」による資金調達
デットファイナンスを理解する上で、まずはその定義と企業会計における位置づけを押さえておく必要があります。
1. 負債(デット=Debt)による資金調達
デットファイナンスとは、銀行などの金融機関からの借入(融資)や社債の発行など、企業の「負債」を増やして資金調達を行う方法です。
この方法で調達した資金は、「他人資本」として企業の貸借対照表(B/S)の負債の部に計上します。デットファイナンスの最大の特徴は、調達した元本の返済義務と、それに対する利息の支払いが必ず発生する点です。これは、資金提供者から見れば「貸付」であり、企業側から見れば「負債」となるわけです。
たとえば、事業拡大のために銀行から5000万円の融資を受けた場合、融資額をそのまま負債として計上し、毎月の返済計画と利息の支払いが義務となります。返済期限が設けられているため、一時的に資金は手元に入りますが、企業が将来のキャッシュフローで元本と利息を必ず返済する義務を負います。
2. エクイティーファイナンスとの決定的違い
経営者が行う資金調達(ファイナンス)は、大きく分けて「デットファイナンス」と「エクイティーファイナンス」の二つに大別されます。これら二つの違いの理解は、経営戦略の根幹にかかわる極めて重要なポイントです。
| 項目 | デットファイナンス | エクイティーファイナンス |
| 手段 | 借入、融資、社債の発行 | 新株の発行(増資) |
| 調達先 | 銀行、公的金融機関、債券投資家 | VC(ベンチャーキャピタル)、エンジェル投資家、事業会社 |
| 返済義務 | あり(元本と利息の支払い義務が発生) | なし(返済は不要) |
| 経営権への影響 | 影響なし(経営権は維持できる) | 影響あり(持株比率が低下し、経営権が希薄化する) |
| 会計上の扱い | 負債(他人資本) | 純資産(自己資本) |
- デットファイナンスは、「経営権を守る」ための調達であり、一時的な資金調達の対価として将来のキャッシュフローからの返済義務を負います。
- エクイティファイナンスは、「経営権の一部と引き換えに」返済が不要な大きな資金を得る調達です。株主からの資金であるため返済義務はありませんが、株主(投資家)に議決権と配当請求権を付与します。
特に、創業社長やオーナー経営者にとって「経営権の維持」は、会社のビジョンを貫き、迅速な意思決定を行う上で大切にしたい要素です。この観点から、デットファイナンスは「経営の主導権」を譲り渡さずに成長できる、戦略的ツールとなります。
デットファイナンスの主な手法
中小企業や成長企業がデットファイナンスを活用する際の、代表的な手法を解説します。
1. 金融機関からの融資(バンクローン)
中小企業が資金調達を行う上で最も一般的な手法が、銀行や信用金庫などの金融機関からの融資です。
1) プロパー融資(直接融資)
プロパー融資とは、銀行が企業の信用力や事業性、担保などを審査した上で、自行がリスクを負い融資を行うものです。
- 特徴: 銀行が直接リスクを負うため、企業の信用力(過去の実績、財務体質、将来性)が極めて重要です。金利や融資条件は、企業の信用度によって個別に決定します。
- メリット: 信用力が認められれば、大きな金額を調達できる可能性があります。
- デメリット: 審査が厳しく、特に実績の浅い企業や創業期の企業は融資を受けるのが困難となりやすいのがデメリットです。
2) 信用保証協会付融資(制度融資)
信用保証協会付融資(制度融資)は、公的な保証協会が企業の借入に対して債務保証を行うことで金融機関が融資をしやすい環境をつくる仕組みです。
- 特徴: 企業が万が一返済できなくなった場合、信用保証協会が銀行に対して代位弁済(企業に代わって返済)を行います。これにより、金融機関のリスクが軽減されます。
- メリット: 実績が浅い企業や、担保・保証能力が不足している創業期の企業でも利用しやすいのが大きな特徴です。地方自治体と連携した低利の融資制度が利用できる場合もあります。
- デメリット: 企業は保証協会に保証料を支払う必要があり、融資を受けるためのトータルのコストはプロパー融資よりも高くなる場合があります。
2. 公的機関からの融資
日本政策金融公庫(JFC)からの融資は、特に中小企業や小規模事業者にとって重要な資金調達源の一つです。
JFCは、国の政策に基づき民間金融機関の機能を補完する役割を担っています。創業期の支援や、国の政策(IT化、事業承継、事業再生など)に沿った低利かつ長期の融資制度が充実しており、担保・保証の条件も比較的緩やかなケースがあります。
特に、新規事業の立ち上げや既存の金融機関ではリスクが高いと見なされがちな案件に、積極的な支援をする姿勢があるため、多くの経営者が活用できるでしょう。
3. 社債の発行
社債とは、企業が投資家に対して発行する「借用証書」のようなものです。企業は、投資家から資金を調達し、満期日には元本を償還し、それまでの間に利息を支払います。
- 特徴: 金融機関からの融資とは異なり、不特定多数の投資家から直接、比較的長期の資金を調達できます。
- メリット: 銀行借り入れに比べ資金使途の自由度が高く、融資契約のような煩雑な制約(コベナンツ)を受けにくい方法です。
- デメリット: 一般的には、銀行融資よりも発行コスト(手数料、弁護士費用など)がかかり、信用力のある中堅から大企業向けの手法とされています。私募債(特定の少数の投資家向け)であれば中小企業でも活用しやすいですが、企業の高い信用力が必要です。
経営者がデットファイナンスを選ぶメリット
デットファイナンスを「借金」とネガティブにとらえるのではなく「戦略的他人資本」として活用すれば、企業に成長をもたらす可能性を高めます。経営者にとってのデットファイナンスのメリットを見ていきましょう。
1. 経営権(議決権)を維持できる
これはデットファイナンスの最大のメリットであり、オーナー経営者にとってとりわけ魅力的な要素です。
デットファイナンスは、株式の発行を伴いません。多額の資金を借入れたとしても株主構成は一切変わらないため、経営者が持つ議決権や持株比率は維持されます。
これにより、経営の自由度や意思決定のスピードが低下することはありません。
- エクイティーファイナンス(増資)を選択した場合、新しい株主(投資家)が取締役会や株主総会を通じて経営に口を出す「経営干渉」のリスクや、短期的な成果を求める可能性が生じます。
- デット(借入)であれば、金融機関は元本と利息の回収が目的であり、経営そのものに介入はしません(もちろん、融資契約の遵守は求められます)。
長期的な視点に立ち、自社のビジョンをぶれずに追求したい経営者にとって、デットファイナンスは主導権を守るためのツールとなるのです。
2. レバレッジ効果(テコの原理)が期待できる
デットファイナンスで調達した資金(他人資本)を活用し「利息以上の事業利益」を生み出せれば、自己資本に対する利益率(ROE、Return On Equity)を飛躍的に高める効果があります。これは「財務レバレッジ効果」と呼ばれるものです。
たとえば、自己資本が1億円の会社が銀行から年利2%で1億円を借り入れ、その資金を投じて年率10%の利益を生む事業を立ち上げたとします。
- 利益: 1億円 × 10% = 1000万円
- 支払利息: 1億円 × 2% = 200万円
- 純粋な増加利益: 1000万円 - 200万円 = 800万円
この増加利益800万円は、自己資本1億円に対して発生したと見なせるため、結果として自己資本比率は低下しても、自己資本利益率(ROE)は高まります。つまり、他人資本を有効活用しての自己資本の効率性向上が実現できるのです。
3. 節税効果がある
資金調達のコストという観点では、デットファイナンスの「支払利息」は税務上の経費(損金)として計上できます。結果として、課税所得を圧縮(タックスシールド)できるのです。
一方で、エクイティーファイナンスで得た資金に対する「配当」は、税引後利益から支払います。
- デットコスト(利息): 損金算入可能 → 法人税を減らす効果がある
- エクイティコスト(配当): 損金算入不可 → 節税効果はない
この節税効果も、経営者が資金調達方法を比較検討する上で、デットファイナンスの有利な点の一つとなります。
4. 金融機関との信頼関係構築
デットファイナンスは、単に資金を得て終わりではありません。
プロパー融資などで金融機関との安定した取引実績を積み重ねることは、企業の信用向上に寄与します。滞りなく返済を行えば、次に融資を受ける際、借入額を大きくできたりより良い条件で融資を受けられたりといったメリットを生み出します。
こうした銀行との強固なつながりは、時折発生する急な資金ニーズ(災害、急な設備投資など)が生じた際、あるいは、M&Aや事業承継といった大仕事の際に、力となってくれるでしょう。
実績が浅い段階では、制度融資でも金融機関との関係構築を始められます。
経営者が注意すべきデメリットとリスク
戦略的なツールであるデットファイナンスですが、「負債」である以上、当然ながらリスクやデメリットが存在します。これらを正確に把握し返済計画の厳格な管理によって、デットファイナンスが企業活動を成功させる鍵として、機能するでしょう。
1. 返済義務と利息の発生
デットファイナンスの最も根本的なリスクは、元本と利息の返済義務が常に発生し続ける点です。
これは、エクイティファイナンスの「返済不要」とは対照的な特徴です。事業が順調で利益が出ていれば問題ありませんが、赤字に陥ったとしても金融機関に対する返済は待ったなしに訪れます。
特に、事業の立ち上げ期や業績が不安定な時期に過度な借入を行うと、売上から返済額(元本+利息)を差し引いた後のキャッシュフローを圧迫する最大の要因となります。最悪の場合、返済が滞ることで倒産にもつながるリスクです。
経営者は、最悪のシナリオを想定した上で、返済能力(Debt Service Capacity)を慎重に見積もる必要があります。
2. 財務体質の悪化(自己資本比率の低下)
デットファイナンスで借入が増加すると、企業のB/S(貸借対照表)における負債の部が膨らみ、自己資本比率が低下します。
自己資本比率が低い、つまり負債の比率が高い状態は、金融機関や取引先から見て「財務の安全性が低い」状態です。
- リスク
- 追加融資を受ける際の審査が厳しくなる、または困難になります。
- 取引先との信用取引において、取引条件の悪化を招く可能性があります。
経営者は、「デットファイナンスによる成長のスピード」と「財務の健全性」のバランスを常に意識し、適切な負債比率の維持が求められます。
3. 担保や個人保証の必要性
特に中小企業が融資を受ける際、金融機関からリスクヘッジのために、不動産などの「物的担保」や経営者本人による「個人保証(経営者保証)」を求められるケースが少なくありません。
- 担保:会社所有の不動産や設備を担保に入れることで、万が一の際にそれらを処分する権利が金融機関に渡ります。
- 個人保証:会社が返済できなくなった場合、経営者個人が会社の負債の返済義務を負います。
この「経営者保証」は、経営者が私財を失うリスクを背負うため、思い切ったリスクテイクや新規事業への挑戦を阻害する最大の要因にもなっていました。
幸いなことに近年は、「経営者保証に関するガイドライン」の普及などにより、一定の条件を満たせば経営者保証を外す動きも進んでいます。とはいえ、融資交渉の際には保証の有無や条件について、金融機関との徹底的な協議が必要です。
まとめ デットファイナンスは「経営権」を守るための戦略的ツール
デットファイナンスは、必ずしも「資金繰りのための借金」というネガティブなものではありません。「経営の主導権」という、経営者にとって重要な切り札を守りつつ外部の力を借りて成長を加速させるための、戦略的な経営ツールとして位置づけられます。
持続的な成長とオーナーシップの維持を両立させるためには、デットファイナンスが経営戦略の要となるでしょう。これからの成長の道筋において、デットファイナンスを適切に使いこなせば、さらに企業価値を向上できる可能性が高まります。