1902(明治35)年の創業から124年。京都を代表する漬物老舗「大安」が変わり続けている。千枚漬という伝統の看板を守りながら、個食サイズの「ちいさなだいやす」を生み出し、廃棄していた聖護院かぶらの皮を発酵化粧品へとアップサイクル。漬物を「まいにちUMAMI野菜」と再定義するという新しい価値観を打ち出してもいる。
「伝統とは革新の連続である」と言い切る代表取締役社長・大角安史氏は、漬物離れという逆風の中でも攻めの姿勢を崩さない。京都府漬物協同組合の専務理事として、業界の将来に向けた活動にも注力、海外展開にも本腰を入れ始めている。
老舗の当主は何を守り、何を変え、どこへ向かおうとしているのか。その経営哲学をたずね、京漬物の未来図を展望する。
「漬物離れ」の真因と、ヒット商品「ちいさなだいやす」の誕生
好きなのに食べないのはなぜ?——8割の消費者が抱えていた問題
── 創業から124年目とのことですが、足元の状況から教えてください。
大角 千枚漬を中心に京漬物全般を扱っています。千枚漬は今でも主力に変わりありませんが、ここ12年ほどは「ちいさなだいやす」という小さいカップ入りの商品も大きな柱になってきています。
── 「ちいさなだいやす」を開発したのは、漬物離れへの危機感からだそうですね。
大角 ええ。20年ほど前から「漬物離れ」が叫ばれていて、実際に消費量も減っていました。そこで若い女性からご年配の方まで、幅広い層のお客様から直接お話をうかがう機会を設けました。
まず「漬物は好きか嫌いか」を聞いたら、約8割の方が「好き」とおっしゃった。ところが「最近よく食べていますか」と聞くと、その8割の方が「最近食べていない」と言う。
そこでさらに詳しくたずねると、現代のライフスタイルに合致しない「提供方法」の課題が浮き彫りになりました。 昔のように大家族で食卓を囲む時代であれば、大きな袋に入った漬物も数日で消費できます。しかし、核家族化や単身世帯の増加により、大容量のパッケージは「食べきれずに無駄にしてしまう」という罪悪感を生んでいたのです。
さらに、「包丁とまな板を出して切るのが面倒」「洗い物が増える」といった、調理過程での手間も大きなハードルとなっていました。 そこでお客様の「好きだけれど食べられない」という現状を解決するために開発したのが、「ちいさなだいやす」です。
1カップに約20gという、あえて1回で食べきれる少量のサイズにこだわり、トップフィルムをはがせばそのまま食卓に出せるようにしました。包丁もまな板も、お皿すら必要ありません。
── 現代の単身世帯や高齢者世帯のライフスタイルにそのまま対応した商品ですね。
大角 核家族どころか、一人世帯が増えています。年配の方は「もったいない精神」が強くて、大きいパックを一人で開けて食べ切れるか心配、という声も多かった。そういった時代の変化をうまく分析した結果として生まれた商品です。 可愛らしいパッケージで3個入り、5個入りのセットにしたところ手土産としても人気で、京都駅のキヨスクでも新幹線に乗る前に買っていかれる方が増えました。
現場を動かした5回の社員説明会
── 合理的な商品に見えますが、最初から順調だったのでしょうか。
大角 現場に抵抗はあったと思います。価格が安くなると客単価は下がります。それまで500円、600円で売れていたものが、1個200円弱の商品になると、3つ以上売らないと客単価が上がらないわけですから。
たしかに、売上を最大化するには単価の高いものを売るほうが効率的ですが、お客様が「食べたいけど食べられない」とはっきり言っているのに、企業側の都合を優先するわけにはいきません。
だから「これでいく」という強い意志で始めたんですが、やはり実際に売ってくれるのは現場の社員です。「なぜこの商品が必要なのか」「お客様は今、何を求めているのか」を腹に落とし込んでもらわないことには、現場で売ってもらえない。
そこで、まず身内から固めないとダメだと思い、当時社員が100人以上いましたが、5回にわたって社員向けの説明会を行いました。 年中無休の販売体制で、シフトにあわせて全員が参加できるよう、関西で3回、東京で2回、同じ内容で開きました。
結果として今は非常によく売れる商品になっていますが、根底にあるのは「不易流行」の考え方です。何を守らなければならないか、何を変えていくべきかを見極めた上で判断する。袋で売ろうがカップで売ろうが、中身の本質は何も変わっていない。お客様により寄り添った提供方法に変えた、それだけのことです。
「京もの」という哲学——素材の産地より、技と目利きの高みを
ニシンそばもお香も、素材は京都産ではない
── 大安は京都の漬物会社ですが、野菜の産地は全国から選ぶと聞きました。「京野菜にこだわらないのか」と思う人も多いと思いますが……。
大角 「京都の伝統野菜ばかり使っているんですか」と聞かれますが、逆に、それをしていたら年間を通じて美味しいものを提供できません。
野菜は取れる場所によっても、その年によっても出来不出来がまったく違う。漬物というのは煮炊きをする料理じゃないので、原材料の野菜が美味しくないと、やっぱり美味しくならないんですよ。
── どういう観点で産地を選んでいるのでしょうか。
大角 「京もの」(きょうもの)という考え方があります。
たとえばニシンそばは京都の名物として知られていますが、ニシンは京都では取れない。そばも、出汁の昆布も京都にはない。
では、なぜそれが「京もの」と呼ばれるのか。昔から京都は1200年以上にわたって天皇陛下がお住まいだった王城の地で、全国から優れた良いものが集まってくる。集まってきたものをそれだけで使うのではなく、いろんな良いものを組み合わせて最高のものに仕立て上げる。それが京ものの真髄だと私は思っています。京都はお香も有名ですが、白檀をはじめお香の原料は東南アジア産です。
── つまり「いかに仕立て上げるか」が問われるということですね。その「仕立て上げる力」は、具体的に何で担保されているのでしょうか。
大角 二つあります。一つは「目利きの力」。大根であれ白菜であれ、旬というのは北から南へと動いていく。良い時の良いものを全国から見極めて引っ張ってくる、この目利きが一番の起点です。
もう一つは「一定の味に仕上げる技術力」です。職人がしっかり漬けないといいものにならない。どんなに良い野菜を入れても、技術がなければ美味しい漬物にはならない。
この両方が揃って初めて、安定した品質が生まれます。1200年の歴史の中で目の肥えた消費者に鍛えられてきた、京都の技というのはそういうことだと思っています。
廃棄ゼロへの挑戦——年間100トンのかぶら皮が化粧品に生まれ変わる
「元祖SDGs」の精神で廃棄100トンという現実に立ち向かう
── 廃棄物を発酵化粧品へとアップサイクルする取り組みも始めていますね。漬物会社がなぜ化粧品なのか、そもそもの問題意識を教えてください。
大角 千枚漬の原料である聖護院かぶらは直径20センチほどの大きなかぶで、皮が非常に分厚い。内側から1センチずつほど、むかないと中の綺麗な部分が出てこないので、20センチあったものが18センチになってしまう。その皮を全部捨てることになるんですが、一昨年ベースで計算すると、年間100トン捨てているんです。
── 100トンというのはかなり衝撃的な数字ですね。
大角 ものすごい量でしょう。そもそも漬物というのは「元祖SDGs」とも言われるくらいで、取れすぎた野菜を無駄なく保存するという発想から始まっています。
それなのに千枚漬に限ってはこれだけの廃棄量がある。以前から肥料に加工してもらう取り組みをしてはいましたが、それだけでは面白くないと感じていたところに、知り合いの発酵化粧品会社の方から「かぶらの皮を発酵させて化粧品を作ってみませんか」とお声がけをいただきました。やってみたら、ちゃんとできた。価値のないものを価値あるものにアップサイクルすることに成功したわけです。
ただ、100トン出るうちの1トンも使わないので、もっと根本的に解決できないかということで、かぶらの皮を瞬間乾燥させたり、乾燥したものを天ぷらにするなど、さまざまな活用方法を今も京都府と連携しながら模索しています。
価値観のアップデート。「まいにちUMAMI野菜」宣言の背景
── 最近、「まいにちUMAMI野菜」という新しい宣言を出されました。これにはどのような意図が込められているのでしょうか。
大角 従来の漬物は、ご飯のお供やお茶請けといった、食卓の脇役としての立ち位置が強かったと思います。しかし、私たちが作っているのは、昔ながらの塩辛い保存食ではありません。サラダ感覚で食べられる、野菜本来の旨味を最大限に引き出した立派な「野菜料理」なのです。
── 漬物を「野菜」として再定義されたわけですね。
大角 はい。現代人は慢性的な野菜不足に悩まされていますが、私たちの商品であれば手軽に、しかも美味しく野菜を摂取していただくことができます。
我々が作っているのは、塩蔵品ではなく「美味しく進化した野菜」なのです。だからこそ、お客様には「漬物」という枠組みを超えて、毎日の食卓を彩る「UMAMI野菜」として楽しんでいただきたい。そのような思いから、この新しい価値観を宣言しました。
「漬物を横文字に」海外への挑戦
漬物は英語で「ピクルス」だが……
── 京都といえば観光客が多いですが、外国人に漬物は売れているのでしょうか。
大角 あまり売れていません、正直に言うと。認知度がまったくない。英語に訳すと「ピクルス」になるんですが、それを外国の方に説明すると、彼らの頭の中にあるピクルス——ハンバーガーに挟まっているような酢漬けのもの——とは全然違います。西洋のピクルスは酢漬けが中心ですが、日本の漬物は基本的に塩漬けが多い。そもそも全然ものが違うんです。
これに対して、日本酒は「SAKE」として、抹茶も「MATCHA」で通じる。だから、すでに海外の方に認知されているSAKEやMATCHAと一緒に漬物をアピールすることで、インバウンドにも、そして海外市場にも訴求できると思っています。
行政にも働きかけていますし、組合間でも話を進めていますが、なかなか実現できていないのが現状です。
願わくば「SAKE」のように「TSUKEMONO」(漬物)という言葉が横文字として世界に認知される時代を作りたい。これは大安としての目標でもあり、組合の専務理事としての使命でもあります。
まず海外在住の日本人に
── 海外展開の具体的な戦略として、どういった市場・顧客層を最初のターゲットにするのでしょうか。
大角 最初に狙いたいのは、海外の中でも日本人が多く住んでいるエリアです。漬物の価値を最も分かってくれる方々がいる。日本食レストランもあるでしょう。そういうところから地道にスタートして、現地の方々にも広げたい。海外在住の日本人が、味噌や醤油が恋しくなるように、漬物というのはそういう存在になれると思っています。
日本の人口はどんどん減っていく。海外の方にいかに認知してもらうかは、中長期的に絶対に考えなければならない課題です。 あと、3月に東京でFOODEX JAPAN(第51回国際食品・飲料展)という展示会があるんですが、そこで南オーストラリアの食材と大安の漬物を掛け合わせたコラボ食品を提供します。
シェフが考えてくれたのが、カンガルーのお肉と漬物を使った春巻きです。漬物を単品で食べてもらうというより、向こうの方が慣れ親しんだ料理の中に漬物が入っているという形が、海外への紹介の一つのやり方だと思っています。
リーダーの哲学——「すべての責任、我にあり」と毎朝6時半の食卓
── 社長として日頃大切にしていることをお聞かせください。
大角 私の座右の銘は「すべての責任、我にあり。まずは自分作りから始めよう」です。
10年ほど前に経営者の先輩からいただいた言葉ですが、腑に落ちたんですね。社員が不祥事を起こすとか、ちゃんと動いてくれないといった問題が起きた時、それは結局経営者の背中を見てやっているんじゃないのかということです。
だからすべての責任は自分にある。社員にいい背中を見せられるように、まず自分を作ろう、ということです。
── 「いい背中」を見せるために、具体的に毎日実践されていることはありますか。
大角 基本的なことですが、挨拶です。本社と、亀岡に移転した工房の両方に、できるかぎり朝から行って、一人ひとりに声をかける。「おはよう」「お疲れさん」、その一言だけで、みんなの顔色が見える。表情が暗い人はいないか、どんな気持ちで仕事をしているのか、ということをちゃんと見るようにしています。
それと、こちらから先に挨拶をするということ。最近は社員も慣れてきたのか、向こうから声をかけてくれることが増えてきて、それは素直に嬉しい。
他に心がけていることも基本的なことです。嘘はつかない。そして間違ったら素直に謝る。トップであればあるほど、社員に謝るということができなくなっていく人も多いと思いますが、私は「ごめん、間違ってた」と素直に言うんです。そういうところでしか信頼関係は作れないと思っています。
── 先代は早くに社長になったため、多忙で会える時間が少なかったそうですね。
大角 はい。私の祖父は戦争で亡くなっていて、曾祖父から父へと代が移り、父は26歳で社長になっていたので、私が物心ついた時には既に社長でした。
いろんな会合に呼ばれて、朝早くから出て夜遅く帰る。休みもほとんどない。小さい頃から父とほとんど喋ったことがないというか、どんな人なのかイメージすら持てなかった。やっぱり寂しい思いをしていたんですよ。
だから子供が生まれた時から、必ず家族で朝食を食べようと決めて、我が家では、朝食を毎朝6時半、一緒に取ります。もう20何年ずっと続けています。
子供からすると、そんな早い時間に起きてご飯を食べる意味はないんですが(笑)。若い頃は会合で夜中の6時まで引っ張り回されて、そのまま朝食の席についたこともありました。
伝統は革新の連続である
── 伝統産業としての漬物業界、そして御社の将来についてどういうビジョンを持っていますか。
大角 伝統産業には尊重すべき部分があり、だからこそ長い歴史を誇るわけですが、一方で、ある時点で「これが伝統文化だ」と決めつけてしまい、決められた型を守ることしかやらない業界があります。それ以上発展させると伝統扱いされなくなって、補助金がもらえなくなってしまうからです。
ただ漬物業界は補助金をもらっていないので、逆に好きなことができるのですが、願わくば、伝統産業とよばれる業界全体が、行政も一緒になって、本当の意味で「伝統とは革新の連続である」ということを認識した上で、もっと発展できるようになればいいと思います。 そして未来の漬物消費者である子供たちに、純粋に「おいしい」と思ってもらえる食文化を守り抜いていきたいですね。