事業承継という大きな転換期において、税理士は経営者のもっとも身近な伴走者となります。もともと日々の税務を任せている顧問税理士が、必ずしも事業承継の高度な専門知識に精通しているとは限りません。自社株の評価や相続税対策、さらには次世代への理念継承までを円滑に進めるためには、どのような基準で専門家を選ぶべきなのでしょうか。
本記事では、成熟したリーダーが知っておくべき、事業承継における税理士の役割と選定のポイントを、2026年現在の最新知見をもとに解説します。
■事業承継において税理士が果たすべき重要な役割
事業承継は、単なる「代表者の名義変更」ではありません。法務、財務、そして何より「想い」の継承が複雑に絡み合うプロジェクトです。その中心で羅針盤の役割を果たすのが税理士です。
●自社株評価の適正化と節税戦略の立案
事業承継における最大の難所の一つが「自社株」の扱いです。上場していない中小企業の株式であっても、業績が堅調であればあるほど、その評価額は驚くほど高額になることがあります。何の対策もなしに相続や贈与を行えば、多額の税負担が後継者の肩にのしかかり、最悪の場合、納税のために事業資金を切り崩すという本末転倒な事態を招きかねません。
ここで税理士に求められるのは、単なる計算ではありません。現在の自社株評価額を精緻に算出し、いかにして適正な範囲内で評価を抑えるか、あるいは「事業承継税制」などの特例措置をどのタイミングで適用するかという、中長期的な「出口戦略」の立案です。2026年現在、特例措置の期限を意識した駆け込みの相談も増えていますが、焦って場当たり的な対策をとることは禁物です。
●経営者の想いを汲み取った「親族外承継」のサポート
近年、親族以外(役員や従業員、あるいは外部人材)への承継が急増しています。親族外承継の場合、親族内承継以上に「資金調達」と「公平性」が課題となります。
後継者に株式を買い取る資金があるのか。ない場合、どのようなスキームで経営権を移転させるのか。税理士は、金銭的なシミュレーションを行うだけでなく、先代経営者が大切にしてきた「暖簾(のれん)」の精神を後継者が守りやすいような、資本構成や組織再編の提案を行う必要があります。数字の裏側にある「人間関係」や「会社の未来」にまで深く踏み込む姿勢こそが、優れた専門家の証です。
■後悔しないための税理士選定、三つのチェックポイント
「いつもお世話になっているから」という理由だけで顧問税理士にすべてを委ねるのは、経営者としてリスクを伴う判断かもしれません。事業承継を成功させるためには、以下の三つの視点でパートナーを見極める必要があります。
●事業承継の「実務経験」と「最新知識」の有無
税理士の業務範囲は極めて広く、記帳代行や確定申告をメインとする事務所もあれば、相続やM&Aに特化した事務所もあります。事業承継は、毎年の税務申告とはまったく異なる次元の専門性が求められます。
具体的には、年間で何件の事業承継案件を手がけているか。また、頻繁に行われる税制改正(特に事業承継税制の特例や、生前贈与加算の期間延長など)に即座に対応できているかを確認してください。実績のある税理士は、過去の失敗事例や、税務署からの指摘を受けやすいポイントを熟知しています。
●「資産」だけでなく「人」と「事業」を見ているか
優れた税理士は、単に「税金を安くする」ことだけを目標にしません。節税に固執するあまり、会社の手元資金が枯渇したり、親族間での遺産分割争い(争族)を招いたりしては意味がないからです。
相談の際、その税理士は従業員の雇用維持について言及するか。後継者の経営能力や意欲を考慮した提案をするか。自社の事業内容(ビジネスモデル)の将来性を踏まえた資本政策を語るか。資産という「数字」の向こう側に、血の通った「事業」と「人」を見ているかどうかを、対話の中で探ってください。
●他士業との強力なネットワークを持っているか
事業承継は、税務だけで完結することはありません。遺言書の作成や登記変更には弁護士や司法書士の力が必要ですし、M&Aが絡めばアドバイザーの知見が求められます。また、不動産の評価には不動産鑑定士の視点が不可欠です。
自前主義に陥らず、必要に応じて最適な専門家をコーディネートできる「ハブ(拠点)」のような役割を果たせる税理士こそ、リーダーが頼るべき存在です。地域の商習慣や地主関係に詳しいネットワークを持っているかどうかも、円滑な承継を左右する要素となります。
■ケーススタディ:京都信用金庫がハブとなった「老舗のバトンタッチ」
事業承継において、税理士単体ではなく「地域の金融機関」と「専門家」がいかに連携すべきかを示す好例として、京都信用金庫(京信)が主導的な役割を果たした、ある老舗メーカーの承継事例を挙げます。
その会社は、親族内に後継者がおらず、長年右腕として支えてきた専務に事業を託す「親族外承継」を検討していました。しかし、専務には数億円にのぼる株式を買い取る資金がなく、顧問税理士も日常業務が中心であったため、複雑なスキーム構築には消極的な状況でした。
そこで京都信用金庫がプロジェクトを推進し、以下の体制を整えました。
●外部の事業承継特化型税理士の招聘
顧問税理士を尊重しつつ、セカンドオピニオンとして事業承継のスペシャリストをチームに加え、自社株評価を精緻にやり直しました。客観的な視点が入ることで、承継に向けた数字の透明性が確保されました。
●ホールディングス化の提案
新たに設立する持株会社に専務が出資し、金融機関が融資を行う形で経営権を移転。税務上のメリットを最大限に活かしつつ、専務個人の負担を現実的な範囲に抑えるスキームを構築しました。
●対話の場の創出
京信の担当者と税理士が同席し、先代経営者の「引退後の生活」と専務の「これからの経営ビジョン」を何度も丁寧にすり合わせました。利害関係を超えた「想い」の共有こそが、手続きを円滑に進める潤滑油となりました。
結果として、このメーカーは創業の精神を失うことなく、スムーズに新体制へ移行しました。京都信用金庫という「地元の信頼」がハブとなり、適切な税理士がパズルのピースを埋めることで、不可能と思われた承継が実現したのです。
この事例は、信頼できる専門家をいかに外部から呼び込み、最適なチームの構築が成功のカギであることを示しています。
■AI活用がもたらす、より精密な事業承継シミュレーション
2026年、事業承継の現場ではAI(人工知能)が強力な武器となっています。これまでの「経験と勘」に、客観的なデータ解析が加わっています。
●AIによる多角的なシミュレーションとリスク検知
最新の税務AIツールは、複数の税制シナリオを瞬時に作成します。「今、贈与した場合」「特例を利用して10年後に承継した場合」「一部を自己株式として買い取った場合」など、何十通りものパターンを可視化します。
また、AIは過去の膨大な税務調査の判例を学習しており、立案したスキームに税務署から否認されるリスクがないかを事前検知します。これにより、経営者はもっともリスクが低く、かつ実利の大きい選択肢を冷静に選ぶことができます。
●データ解析による資産評価の透明化
不動産や非上場株式の評価において、AIはマーケットの動向や周辺の取引事例をリアルタイムで解析し、より透明性の高い評価額を算出します。これは、親族内での遺産分割協議において、相続人間での「不公平感」を払拭するための強力な客観的エビデンスとなります。デジタル技術を使いこなす税理士は、もはや「計算機」を持つ人ではなく、「予測データ」を基に戦略を語る参謀なのです。
■リーダーが選ぶべき「次世代の軍師」
最後に、経営リーダーとして、どのように税理士と向き合うべきかを整理します。
●顧問税理士と「セカンドオピニオン」の使い分け
長年の付き合いがある顧問税理士を変えることに抵抗を感じる経営者も多いでしょう。その場合は、顧問契約はそのままで、事業承継のプロジェクトにのみ「セカンドオピニオン」として別の税理士を招き入れることを検討してください。
病気でいえば、かかりつけ医と外科の専門医を使い分けるようなものです。優秀な顧問税理士であれば、自らの専門外の領域でより高度な専門家が入ることを歓迎し、協力体制を築いてくれるはずです。
●デジタルとアナログを融合させた信頼関係の構築
どれほどAIが進化したとしても、最後は「人と人」です。事業承継という極めてデリケートな問題を打ち明ける相手には、高い倫理観と、貴社の文化に対する深い敬意が必要です。
最新のデジタルツールを使いこなしながらも、「顔の見える関係」を重んじ、泥臭い話し合いにも粘り強く付き合ってくれる。そんな、デジタルとアナログの両輪を回せる専門家こそ、次世代の「軍師」としてふさわしい存在です。