植物由来で生分解性を持つ次世代素材「ポリ乳酸(PLA)」。長年、熱に弱く耐久性が低いという課題を抱えていたこの素材に画期的な改質を施し、アパレル・繊維業界の歴史を変えようとしているのが、京都に研究開発拠点を置くBioworks株式会社だ。
同社が開発した新素材「PlaX(プラックス)」は、既存の石油由来合成繊維の代替として世界中から熱い視線を集めている。 2024年に代表取締役社長CEOに就任した坂本孝治氏は、総合商社やITメガベンチャーの経営トップ、シリコンバレーでの投資・支援事業など、多彩なバックグラウンドを持つ。
日本のディープテック技術を武器に、サステナビリティの最前線である欧州市場へと打って出る坂本氏。素材開発からグローバルなサプライチェーン構築まで、世界を見据えた挑戦の軌跡と、京都から世界展開を目指す組織づくりの真髄に迫った。
ポリ乳酸の弱点を克服し、実用レベルに引き上げた技術革新
── Bioworksの創業からと、御社が主原料とされている「ポリ乳酸(PLA)」について教えてください。
坂本氏(以下、敬称略) 創業者であり現在取締役会長を務める今井(行弘氏)から社長を引き継いだ立場なので、今井が構想していたことや、Bioworksを2015年に立ち上げた時の本来の目標についてお話しします。
我々が主原料としている「ポリ乳酸」は、植物由来の成分から作られる素材です。成長過程でCO2を吸収するカーボンニュートラルで、一定の環境下で生分解して地球に還っていくという、非常に環境に優しい特性を持っています。
しかし、このポリ乳酸には「熱に弱い」「耐久性が低い」というデメリットがありました。長期間にわたって使用されるような製品には不向きで、使い捨てのプラスチック用品などに用途が限定されてしまっていたのです。
この素晴らしい素材をもっと世の中に広め、地球規模の環境課題を本質的に解決するためには、ポリ乳酸の弱点を克服することが必要不可欠でした。
── その弱点をどのようにして克服し、新素材「PlaX」を生み出されたのでしょうか。
坂本 創業者の一員であり、現在CTOを務めている寺田(貴彦氏。取締役常務執行役員 CTO)の存在が非常に大きいです。
彼はBioworksを立ち上げる前から、長年にわたってポリ乳酸の研究を続けていました。彼が開発したポリ乳酸の改質技術は、分子構造を綿密に計算し、そこに独自の添加剤を加えるという画期的なものです。
この技術によって、ポリ乳酸の耐熱性や耐久性が劇的に向上しました。これまでは短期間で使い捨てていた素材が、アパレルや繊維製品のように、長期間にわたって繰り返し使用され、洗濯や、日常からアクティブシーンにも耐えうる実用レベルへと引き上げられたのです。
ポリ乳酸は樹脂の素材ですので、プラスチックの成形品や容器、シートなど、あらゆるものを作ることができますが、我々は繊維に注力し、事業を展開しています。
繊維業界には、コットンやウールといった天然繊維から、ポリエステル、ナイロンといった合成繊維まで多種多様な糸がありますが、単体でなく、用途に合わせて混ぜて使うこともあります。
我々のPlaXも、他の素材と組み合わせることで独自の特性を発揮し、市場で十分に勝負できる価格帯と機能性を提供できる可能性があると考えました。
また、アパレル・繊維産業は深刻な環境問題を抱えており、PlaXという代替素材を提供することで、直接的に解決に貢献したいという考えもあります。
欧州ブランドを起点としたグローバルなサプライチェーンの構築
── アパレル業界のサステナビリティにおいて、世界的な傾向を教えてください。
坂本 環境への意識や具体的な取り組みにおいて、圧倒的に先行しているのはヨーロッパです。現在、繊維業界が未来に向けてどうあるべきかというルールメイキングは、欧州が主導して進めています。
たとえば、衣類の大量廃棄を禁じる法律の整備や、製品のリサイクル比率の義務化など、法規制によるトップダウンの動きが顕著です。
そのため、我々も明確に欧州市場をターゲットに据え、積極的なアプローチを行っています。具体的には、ドイツのミュンヘンで年2回開催される「パフォーマンスデイズ」という機能性素材の展示会や、フランス・パリで開催される世界最高峰の素材見本市「プルミエール・ヴィジョン」などに継続して出展しています。こうした世界トップクラスのビジネスの場で、我々のPlaXの価値を直接アピールしているのです。
── 欧州にはどのようなグローバルブランドが集積しているのでしょうか。
坂本 誰もが知るトップブランドがひしめき合っています。たとえば、規模で言えば日本のファストファッションブランドをもしのぐと言われるH&Mやインディテックス(ZARAの親会社)をはじめ、スポーツ・アウトドア領域ではアディダス、さらに近年サステナビリティに力を入れているヒューゴボスやラコステといったブランドが挙げられます。
彼らは、ESG投資の潮流や環境NGOからの厳しい視線に晒されており、企業の社会的責任として環境負荷の低い素材への切り替えを強力に推し進めなければならない状況にあります。だからこそ、常に新しいイノベーションを持った素材を求めているのです。
── そうしたトップブランドに直接素材を売り込んでいるのですね。
坂本 はい、まずはブランドの素材開発担当者やデザイナーにアプローチし、「この素材を使いたい」という意志を引き出すことが第一歩です。しかし、実はその後のプロセスが非常に大変なのです。
というのも、ヨーロッパのブランドは企画やデザインを行っていますが、実際に自分たちで糸から生地を織り、服を縫製しているわけではありません。彼らが製品を作るためのサプライチェーンは、圧倒的にアジアに集中しています。中国、台湾、ベトナム、トルコ、インドなどの巨大な生地メーカーや縫製工場が実働を担っているのです。
ですから、我々が糸を販売する直接の相手は、最終的に生地を作るアジアのメーカーになります。ブランドから「PlaXを使った生地を作ってほしい」という指定を取り付けた上で、我々はアジアの生地メーカーと提携し、彼らの巨大な生産ラインでPlaXをどのように扱えば高品質な生地になるのかを一緒に開発していく必要があります。
── 開発から実際の採用まで、かなり長い期間がかかりそうです。
坂本 おっしゃる通りです。ブランドに提案してすぐに注文が入るわけではありません。生地メーカーとの試作やテストを繰り返し、ブランドが求める品質基準をクリアした生地を完成させ、それを次のシーズンのコレクションに組み込んでもらう。このサイクルを回して、正式に発注をいただくまでには、短くても2年前後の時間がかかります。
繊維産業のサプライチェーンは極めて複雑で分業化されているため、我々は単なる素材サプライヤーにとどまらず、ヨーロッパのブランドとアジアの生産現場を繋ぐハブのような役割も果たさなければならないのです。
日本の消費者へ向けたアプローチとPlaXの機能的価値
── 欧州に比べて、日本の市場や消費者のサステナビリティに対する意識はどう感じていらっしゃいますか。
坂本 正直なところ、欧州と比べると日本の消費者は環境配慮という理由だけで商品を選ぶ意識がまだそれほど高くありません。欧州では、環境に良いというストーリー自体が強力な購買動機になりますが、日本の消費者は非常にシビアで、価格や機能性といった自分自身に対する直接的なメリットを重視する傾向があります。
ただ、我々のPlaXには、単に「植物由来で生分解性がある」という環境面でのメリットだけでなく、消費者の生活を豊かにする優れた機能が備わっています。
── 具体的にはどのような機能があるのでしょうか。
坂本 最も分かりやすく、消費者に喜ばれるのが「抗菌・防臭性」です。たとえば、PlaXを使ったタオルは、梅雨の時期などに部屋干しを繰り返しても、あの特有の嫌なニオイが発生しにくいというデータが出ています。
また、素材自体が弱酸性を保つため肌に優しいという特性もあり、直接肌に触れるインナーウェアや寝具などにも非常に適しています。
日本では、「サステナブルだから買ってください」と訴えるよりも、「部屋干ししても臭くならない高機能なタオルです」「肌に優しいインナーです」という実用性を前面に打ち出すほうが、結果として多くの方に手に取っていただけます。
機能的メリットで選んでいただいた製品が、実は環境問題の解決にもつながっている。そうしたアプローチが、日本の市場では有効だと考えています。
── 最近では、ロレアルグループのプログラムにも選出されたそうですね。
坂本 世界的な仏化粧品企業であるロレアルが主催するサステナビリティに関するイノベーションプログラムに選出いただきました。これは我々にとって非常に光栄であり、大きなステップです。
プログラムの中で我々のPlaXを使って何をしようかという方向性が決まりましたので、今後は繊維以外の領域でのチャレンジもする予定です。
アパレルに限らず幅広い業界のグローバル企業と連携し、多角的に事業を展開することが今後の大きなカギになります。
多様性あふれる30人の組織づくりと、ベクトルを合わせる難しさ
── 組織づくりについてもうかがいます。現在、どのような体制で運営されているのでしょうか。
坂本 現在、社員は約30人で、そのうち約10人が京都の「けいはんなプラザ」にある拠点で研究開発を担っており、残りの約20人が東京を拠点に営業やマーケティング、コーポレート業務などを担当しています。
ほぼ全員が中途採用であり、非常に多様なバックグラウンドを持っています。私のようなIT業界出身者もいれば、総合商社でグローバルビジネスを経験した者、大手繊維メーカーやアパレルブランドの出身者、そして化学メーカーで長年研究を重ねてきた技術者など、見事なまでに経歴がバラバラなメンバーが集まっています。
── 異なる専門性や常識を持つメンバーをまとめるのは苦労も多いのではないですか。
坂本 だからこそ、全員のベクトルを合わせるためのコミュニケーションを徹底しています。月に1回は全社ミーティングをハイブリッド形式で行い、会社の現状や各部門の進捗を包み隠さず透明性を持って共有します。また、半年に1回、あるいは年に1回は、私自身がメンバー全員と1on1ミーティングを実施し、それぞれの思いやキャリアの要望、会社への課題感に直接耳を傾けています。30人という規模だからこそできる、顔の見えるコミュニケーションを大切にしています。
── 京都や関西という土地でのビジネスについて、どのようなメリットを感じていらっしゃいますか。
坂本 まず研究開発のためのインフラが整っているという大きな利点があります。 我々が拠点を置く「けいはんなプラザ」には、高度な分析機器や実験設備の導入・運用が可能な設備条件が整っており、莫大な初期投資を抑えて研究を進められます。
また、専門的な知見を持つ大学や研究機関が近接していることも大きなメリットです。実際に、繊維や素材分野に強い京都工芸繊維大学などとはやり取りをさせていただくこともあります。こうしたアカデミアと連携しやすい距離感にあることは、新しい素材開発を進める上で非常に恵まれた環境だと感じています。
それに、日本の繊維産業は古くから関西を中心に発展してきました。大阪にはヤギをはじめとする、歴史のある繊維商社が多数あり、和歌山には世界をリードする編み機メーカーである島精機製作所があります。
新しい素材を開発し、それを糸や生地にしていく過程において、こうした関西の繊維産地のエコシステム、長年培われてきた職人やメーカーのネットワークはかけがえのない財産です。
ディープテック特有の課題、資金調達のリアル
── 経営者として、ご自身の時間の使い方はどのように配分されているのでしょうか。
坂本 私の役割は大きく3つに分かれており、それぞれに約3分の1ずつの時間を割いています。
1つ目は、グローバルな営業活動や、ブランド・パートナー開拓に向けたトップセールス。
2つ目は、組織づくりや社内のマネジメントです。会社が成長していくためには、強固な組織基盤が欠かせません。
そして3つ目が、資金調達です。実は、我々のようなディープテックベンチャーにとって、この資金調達が最もハードルが高く、エネルギーを注がなければならない部分なのです。
── ディープテックにおける資金調達の難しさとは、具体的にどのような点ですか。
坂本 ITやソフトウェアのスタートアップであれば、サービスを開発してリリースし、ユーザーがつけば比較的短期間で売上や利益が立ちます。投資家に対しても、成長指標を示しやすいですよね。
しかし、素材を扱うディープテックはまったく異なります。研究開発に莫大な時間とコストがかかり、さらに量産体制を構築するためのインフラ投資も必要です。先ほどお話ししたように、繊維業界のサプライチェーンに入り込んで実際の売上に繋がるまでには、年単位のリードタイムがかかります。この先行投資の期間をどう乗り越えるかが最大の課題です。
── その時間軸の長さを、投資家にはどのように理解してもらっているのでしょうか。
坂本 純粋な金銭的リターンを短期で求める投資家だけでは、我々のような事業を支えきれない部分があります。そのため、我々は事業会社からの資金調達も積極的に行っています。現在、出資していただいている資金の約3分の1は事業会社からのものです。 事業会社の方々には、PlaXという素材が将来的に彼らのビジネスにどのようなシナジーをもたらすのかを具体的に提示し、素材の採用までの長い時間軸を共有した上で、戦略的パートナーとして参画していただいています。
単にお金を出してもらうだけでなく、事業提携・資本業務提携という形で一緒に事業を創り上げていくという姿勢が、ディープテックの資金調達には不可欠だと痛感しています。日本のベンチャーエコシステムにおいても、ディープテック企業を中長期で育成する仕組みがもっと醸成されていくべきだと感じています。
── 今後の展望と、京都の次世代リーダーに向けたメッセージをお願いします。
坂本 私たちの当面の目標は、PlaXを欧州を中心としたグローバルブランドに採用していただき、その実績をもって世界に広げることです。かつて日本の自動車メーカーや家電メーカーが、日本から世界中へとビジネスを展開していった歴史は、我々にとっても大きな目標になります。日本のディープテックが生み出したこの素材を、世界中の適切なブランドや生地メーカーにしっかりと届けていけるよう、事業として成長させていきたいと考えています。
ディープテック領域は時間も資金もかかりますが、事業会社などの強力なパートナーとビジョンを共有し、ともに事業を創り上げる姿勢を持てば、必ず道は開けます。我々も、京都・関西の地から世界へ向けて、この挑戦を力強く進めていきたいと思います。