人口約3万人の京都府綾部市に本社を構え、工業用ファスナー(ねじ)やねじ締めロボット、計測・制御装置などを手掛ける日東精工株式会社。1938年の創業だが、特定の創業者が存在せず、地域の有志が集い「地元の雇用創出と産業振興」を掲げてスタートしたという特異な歴史を持つ。
現在では、国内トップシェアを誇る製品を多数生み出し、M&Aも重ね、グローバル市場へと事業を拡大している。激動の時代において、老舗BtoB企業はどのように変革を遂げ、持続的に成長していくのか。
2026年からの3年間は、10年におよぶ長期ビジョンの締めくくりとなり、今年から新たな中期経営計画を掲げている。この重要な1年をどのような年にするのか。社員の自律性を重んじる組織づくりと、次代を担うリーダーたちへの熱いメッセージについて、代表取締役社長兼COOの荒賀誠氏に聞いた。
創業者がいない? 地域課題から生まれた88年の歩みと事業の多角化
── ファスナー、産機、制御と多角的な事業展開の背景について、なぜここまで広く事業を拡大されてきたのでしょうか。
荒賀 もともとの生い立ちを含め、日東精工という会社の背景を少し理解していただくことが大事かなと思います。
現在、私どもにはファスナー事業、産機事業、制御事業という柱がありますが、もっとも古いのが制御事業です。今から88年前に事業を開始したわけですが、私どもの会社には少し特徴的なところがありまして、明確な”創業者”がいないのです。
地域の産業振興と雇用の創出を目的として、地元の有志が集まって会社を作ったという点が、普通の会社と少し異なるところです。以来88年間、お客様のニーズに応じて事業を展開してきました。
何かひとつの事業や、ひとつの突出した技術があって立ち上げたというよりは、お客様のニーズにこたえていく中で、事業がだんだんと広がっていったというのが、多角化の背景だと考えています。
── 「ねじ」というモノづくりの根幹に関わる部分から、ねじ締めの機械までを手掛けるようになった経緯はどのようなものだったのでしょうか。
荒賀 はい。日本の製造業が発展する中、さまざまな家電製品や自動車など、大量生産の時代に必要不可欠な「ねじ」を作り始めたのがスタートになります。
そして、ねじを作っている会社が「ねじ締めの機械」を作るというのは、現在でも珍しく、当社の大きな強みとなっています。 それもやはり、お客様から「ねじを作っているメーカーであれば、ねじを締めるドライバー(機械)も作れないか」というご要望をいただいたことから産機事業が始まりました。
徐々にいろんな事業がお客様のニーズに応じて広がってきたというのが、私どもの大きな流れになっています。近年ではそこからさらに派生し、メディカル(医療)領域などへの多角化も進めています。
長期経営計画とM&Aで加速するグローバル戦略──「収益力」への大転換
── 近年はM&Aなども含め、事業規模の拡大を積極的に進めていらっしゃいますが、中長期的な経営のロードマップはどのように描かれていますか。
荒賀 今年から新しい3年間の中期経営計画がスタートしました。私どもは2019年から10年間のスパンで「長期ビジョン」を策定していまして、最初の4年、そして続く3年が終わったところです。現在は、その最後のフェーズとなる3年間をスタートさせた段階になります。
まず最初の4年間では「事業を拡大していこう」という方針のもと、さまざまなM&Aを含めて事業規模を大きく拡大してきました。 次のステップとして「グローバル展開をしよう」ということで、ドイツに新会社を設立したり、インドのメーカーを買収したりと、海外市場への布石を打ってきました。
── 規模の拡大とグローバル展開を経て、今回の新しい中期経営計画ではどのようなゴールを目指されているのでしょうか。
荒賀 10年間の集大成として、最終的な完成形となる新中計を策定しました。現在、私どもの最大の課題として「収益力の確保」というテーマがあります。
通常、中期経営計画というと「売上と利益」の双方を右肩上がりの目標として掲げるケースが多いのですが、すべての最終ゴールを「利益を確保するための売り上げ」「利益を確保するための財務戦略」へとシフトさせました。
規模を追うだけでなく、10年間の集大成として「収益性の向上」を確固たるテーマに据え、この中計を策定しています。
人事畑で培った「現場ファースト」のリーダーシップ
── 社長に就任されるまで、どのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか。
荒賀 入社直後、最初の10年は人事部門に配属されました。その後、さまざまな部署を異動しましたが、私の経営者としての原点は「人と組織を理解する」ということにあると思っています。
入社後、1年間かけて会社のグループすべての拠点を回り、いろんな現場の人たちの話を聞かせていただいた経験は、現場を知るという意味で最大の財産です。
私どもはメーカーであり、BtoBの企業です。メーカーの財産というのは、製造現場で働く人たちのモチベーションであったり、その方々が生み出す品質や生産性であったりします。
それらが最終的に利益の源泉になるということを、人事の現場で深く学べたことは、現在の経営において役に立っていると感じています。
── 3年前に社長に就任された際、社員にはどのようなメッセージを発信されたのでしょうか。
荒賀 社長に就任した3年前、私が掲げたテーマは「経営理念の継承と事業の深化」でした。
先ほどお話ししたように、私どもには特定の創業者がいません。だからこそ、創業の理念をきっちりと「言語化」して、みんなに伝えていくことをしなければならないと考えました。
当社には、創立25周年のときに当時の経営陣と従業員が一緒になって作った『我らの道』という冊子があります。
この冊子に込められた理念をベースに事業を深化させ、未来に向けて進化させる。その積み重ねの結果として、本当の価値である「真価」が問われるのだと信じています。
── 「事業の深化」という言葉には、どのような思いが込められているのでしょうか。
荒賀 「しんか」という言葉には、前へ進む「進化」もあれば、深く掘り下げる「深化」もあります。そして、最終的には真実の真である「真価」が問われると思っています。
事業の「深化」というのは、経営理念をベースにしながら、今の事業を深く掘り下げていくことを進めていきたいという思いを込めています。
そして、私が次の社長にバトンを渡すときには、その本当の価値(真価)が問われます。少しずつ前へ進め、深く掘り下げ、そして本当の意味の「真価が問われる」ような風土を作っていきたいと考えています。
イノベーションの再定義と「失敗を許容する」組織文化
── 2026年の経営方針として「イノベーションを核に、稼ぎ力を加速する2026」とありますね。
荒賀 はい。「イノベーション」という言葉の定義を社内で見直しました。イノベーションというと、どうしても開発部門や技術部門が起こすものだと思われがちです。
そこで、当社におけるイノベーションとは、「失敗を恐れず挑戦をし続けること」「新技術だけでなく新しい価値創造を生み出すこと」「小さな改善を積み重ねて大きな変化を生むこと」だと定義し直しました。
そうすることで、新入社員であっても、管理部門や事務系であっても、営業であっても、それぞれの立場でイノベーションを起こせます。みんなでそれを起こそうというのが、今年の方針です。
── 求める人物像についても、そうした「挑戦」がキーワードなのでしょうか。
荒賀 はい。求める人財像には「自ら考えて自ら行動できる自律した人」と掲げています。新入社員の入社式などでもよく話すのですが、「成功の反対にあるのは失敗ではなく、挑戦しないことである。だから大いに挑戦してください」と伝えています。
失敗したとしても、その理由が分かれば必ず次の成功につながります。挑戦しないと成功には近づいてきません。会社としてもそういう姿勢を求めていますし、それは先ほどの「我らの信条」の中にも息づいている考え方です。
人口3万人の綾部市から世界へ ネーミングライツに込めた思い
── 京都府綾部市という地域でビジネスを展開されていることについて、どのような意義を感じていらっしゃいますか。
荒賀 綾部市はもともと、養蚕の町として栄えてきました。グンゼという会社ができて、最盛期には何千人という女性の方々が働かれていた地方都市です。山陰や九州、四国などから集団就職で多くの方が働きに来ていた時代です。
今から88年前に日東精工ができたとき、地域としては「養蚕業だけでなく、今後は工業を起こしていこう」という時期でした。養蚕の町として女性が働く場所はたくさんあったので、今度は「男性が働く場所を作ろう」ということで設立されたのが日東精工なのです。
現在もグンゼさんは発祥の地に拠点を置かれていますし、人口3万人の小さな町に、東証プライム市場の上場企業が2社もあるというのは、おそらく日本全国を探してもこの綾部市しかないのではないかと思います。それは私どものひとつの自慢でもあり、大きな誇りです。
── 綾部市内の公共施設でネーミングライツ(命名権)を取得されていますね。BtoB企業がネーミングライツを獲得する背景には、どのような思いがあるのでしょうか。
荒賀 現在、綾部市の市民センターを「あやべ・日東精工アリーナ」、総合運動公園の球場を「あやべ・日東精工スタジアム」として、ネーミングライツ協定を締結しています。
私どもは、地域産業の発展と雇用の創出を目的に設立されました。そのため、「地域とともに発展する」という基本理念が根底にあります。BtoB企業がネーミングライツを取得しても、直接的な売上増につながるわけではありませんが、創業以来の当社の成長は、綾部市の皆様からのご支援の賜物です。
アリーナは子どもから高齢者までスポーツや文化活動ができ、災害時には避難所にもなる施設です。スタジアムは高校野球京都大会の予選などでも使われます。こうした施設をサポートし、市民の皆様の活動を応援することが、社会貢献になると考えています。
また、地元の身近な施設に社名がつくことで、従業員やそのご家族が会社に対してさらに誇りを持てるようになるという効果も実感しています。
「受験生応援ねじ」でBtoB企業の知名度を上げる
── BtoB企業は、社会に不可欠な存在でありながら、一般の方からの知名度が上がりにくいという課題もあるかと思います。知っていただくための工夫などはされていますか。
荒賀 おっしゃるとおり、BtoB企業の認知度というのはなかなか上がってきません。
しかし、私どもは生産本数だけで言えば、海外グループを含めて月に約22億本ものねじを世界で作っており、トップクラスの規模を誇ります。自動ねじ締め機においても国内トップシェアです。
それでも、ホームセンターに売っているような一般向けの製品ではないため、知られる機会が少ないのが実情です。
そこで、少しでも当社の事業を知っていただきたいと考え、さまざまな取り組みを行っています。昨年度からは、ステークホルダーの方々に事業や成長ストーリーを深く理解していただくための株主優待を始めました。
また、変わった取り組みとしては、10年ほど前から「受験生応援ねじ」というものを企画し、受験シーズンに無料でお配りするプレゼントキャンペーンを実施しています。
── 「受験応援ねじ」ですか。
荒賀 ねじというのは、よく「ねじが緩んでいる(気がたるんでいる)」「ねじを巻く(気を引き締める)」といった言葉に使われます。
必要なときにはしっかりと締まらなければならず、緩めるべきときには緩まなければならない。そんな「ゆるみ止めねじ(ギザタイト)」を活用し、受験のときに気を引き締めて頑張ってほしいという願いを込めています。
こうした活動を通じて、これまで延べ6万人の受験生にお配りをしました。少しずつですが、日東精工という名前を親しみとともに知っていただけていると感じています。
100年、200年続く「なくてはならない会社」を目指して
── 最後に、今後の展望や、未来に向けて目指されているビジョンについてお聞かせください。
荒賀 まずは、日東精工がBtoB事業として、当社の製品や技術でお客様の困りごとを具体的に解決できる、「なくてはならない会社」であり続けたいと考えています。これは2030年以降も、日東精工が200年、300年と長く続く会社であるためにきわめて重要です。
時代とともに製品や提供する技術は変わっていくでしょう。しかし、常にその時代ごとに「日東精工の技術や製品がないと困るね」と思ってもらえる存在であり続けたいのです。
ねじは使われ方が変わっても、常に締結部品として社会に必要とされ続けます。そのうえで、より高い性能が求められ続けるわけですから、技術革新を続けていけば、日東精工が200年、300年とあり続ける会社になるのも決して夢ではないと思っています。
次世代リーダーへ。逆風こそが飛躍のチャンス
── これからの時代を担う若手リーダーやビジネスパーソンへアドバイスをお願いします。
荒賀 まずは「一流に触れること」を大切にしてください。一流のものに接することで、自分自身の基準が高まります。そして、誰にも負けない努力をすること。多くの人が努力をしていますが、最後に勝負を決めるのは、誰にも負けないという強い意志を持った圧倒的な努力です。
また、前向きに生きる姿勢を忘れないでください。ポジティブな人のもとにこそ、夢の実現は近づいてきます。
── 何をやってもうまくいかないと感じている人には、どう言葉をかけますか。
荒賀 そのときは、飛行機を思い出してほしいですね。飛行機は追い風ではなく、「向かい風」を受けてこそ離陸し、高く飛び上がることができます。
困難や逆風は、次のステージへ高く飛翔するためのチャンスにほかなりません。ヨットも追い風より、斜め前方からの風をうまく受けたときがもっとも速く進みます。
今の苦しみは、未来の大きな進化のための原動力になります。失敗を恐れず、自信を持って挑戦を続けてください。